マラソンで勝負するために、まずはトラックでスピードを磨く
上原 琉翔(長距離)

國學院大学2年生のときに、全日本大学駅伝3区で区間3位になり、上原 琉翔は、自分自身のレベルアップと覚醒を強く実感した。
しかし、その直後の箱根駅伝5区で区間17位になり、走りだけでなく、自分自身の気持ちの弱さを痛感した。
失敗を糧に成長してきた彼は、富士通でもがむしゃらに、ひたむきに取り組んでいく。

■大学2年で成長と覚醒を感じたあとの箱根駅伝が、競技者としての契機

——富士通での競技生活がスタートしました。富士通を進路として選択した理由と、今の意気込みから聞かせてください。
「富士通で競技を続けようと思ったのは、先輩方のレベルが高く、ここで強くなりたいと思ったことが一番の理由です。実際、個々のレベルが高く、競技に集中し、それぞれの選手が目標に対してブレない姿勢を持っていると感じています。スタッフの皆さんも丁寧に声をかけていただけるので、まずは個の強さ、自分自身を強く持つ姿勢を学びたいと思っています」

——國學院大学の前田康弘監督も現役時代は富士通に所属していました。進路を決めるにあたり、相談はされましたか?
「はい。前田監督もそうですし、山口祥太コーチも富士通出身なので、雰囲気も含めていろいろな話を聞かせていただきました。どちらからも『富士通は個人を重視するチームで、上原に合っている』とおっしゃっていただき、それも富士通で頑張ろうと思うきっかけになりました」

——國學院大学では3年生で全日本大学駅伝、4年生で出雲駅伝の優勝のフィニッシュテープを切り、箱根駅伝も4年連続で出場しています。またハーフマラソンでは、FISUワールドユニバーシティゲームズ(以下、ユニバー)の日本代表として銅メダルを獲得しています。やはりロードが得意ですか?
「高校時代は1500m、5000mでインターハイ決勝に行けたので、もともとはトラックのスピードタイプと自分では考えていました。ただ大学入学後、前田監督から『ロードのほうが向いている』と言われましたし、学生最大の目標が箱根駅伝優勝だったので、そこに向けた強化が中心になりました。入学直後は故障が続き、あまり練習ができませんでしたが、8月に月間1000kmの走行距離を目標とし、それを達成してから徐々に長い距離にも対応できるようになりました。1年目は基礎づくりをして、2年目、3年目で練習での距離を伸ばしたことで、4年目の学生三大駅伝で長距離区間を任せてもらえるようになりました。今ははっきりとロードが得意と言えます」

——1年生の箱根駅伝以降、学生三大駅伝はすべて出場しましたが、駅伝で自信をつかんだのはいつからでしょうか?
「2年生の全日本大学駅伝3区を走ったときです。ここで区間3位となり、自分のレベルアップと覚醒を感じました。ただ、その直後の箱根駅伝も競技者として分岐点になったレースだと考えています。ここで5区を走ったのですが、区間17位と大きく外しました。調子は良かったのですが、全日本の結果で浮かれていた部分があったことにレース後に気づき、走りだけでなく、気持ちの面で自分の弱さを痛感しました。この結果を受け、地に足をつけてもう一度、自分を見直そうと思い、走る量も増え、練習に取り組む姿勢や態度も変わりました。チームには迷惑をかけましたが、競技者としては、ここで失敗し、学んだことが今もプラスになっています」

——日本代表として出場し、銅メダルを獲得したユニバーの経験はどのようなものでしたか?
「自分のなかでの達成度でいうと、その代表権をとった日本学生ハーフマラソン選手権での3位のほうが大きいんです。ユニバーは大学4年の前半戦シーズン最後のレースだったのですが、そのときは國學院大学の状況があまりよくなく、キャプテンとしてチームのためになんとか結果を残そうという思いで走りました。ですので、自分のなかで何かを達成したという思いはあまりないですね。ただ、初めて日本代表のユニフォームを着て、海外で団体行動をしてレースに臨んだので、いい経験ができたことは確かです。結果としてもまだまだなので、この経験を次に活かし、海外でも自分の力を発揮できるようにしなければと考えています」

——大学時代の最大の目標としていた箱根駅伝優勝は残念ながら果たせませんでしたが、その悔しさはどのような形で心に残っていますか?
「4年間を通し、一度も優勝できなかった悔しさはもちろん大きいですが、今は最終学年に走った2区で区間12位と自分の走りができず、悔いが残るレースをしてしまったという思いも同じくらい強く持っています。本当に悔しかったのですが、今は気持ちを切り替え、次はニューイヤー駅伝のエース区間である2区で勝負できるように練習を再開しています。もう箱根駅伝を走ることはできませんが、自分の競技人生は続いていくので、これからのレースで少しずつ取り返していくつもりです」

——大学での4年間ではどんな点で成長できたと思いますか?
「周囲に流されない姿勢です。目標を掲げた以上、そこに向かって考えや信念を曲げることなくやっていくことの大切さを学びました。大学は自由な環境なので、どうしても周りに影響を受けたり、怠けてしまったりすることもあるのですが、そこに流されることなく、努力を継続してきたつもりです。これからもこのスタンスを忘れずに競技に取り組んでいきます」

 

■マラソンで勝負できる選手を見据えて、トラックでスピードを磨く

——富士通ではどんな目標を掲げていますか?
「マラソンで勝負できる選手になりたいと思っています。ただ、まずはトラックに軸足をおき、スピードを磨くつもりです。富士通にはトラックでもマラソンでも強い先輩が多くいらっしゃいますので、1年目から必死に食らいついて、早く追いつき、そして越えていけるようにしていきたいです」

——同期入社の伊藤 蒼唯選手とはどんな形で高め合っていきたいと考えていますか?
「伊藤とは大学時代から仲良くしていて、連絡も取り合っていました。伊藤はトラックのスピードが自分よりあり、ロードも強くて、ピーキング能力も高く、大学駅伝でも常に区間3位以内に入る安定感があるので尊敬しています。でも、タフさと根性では自分も負けていません。自分は大学時代、ロードが中心の強化をしていてスピードが落ちているので、これからは伊藤と同じ練習をしていくなかで、それを取り戻していければと考えています。負けたくない相手ですが、切磋琢磨してお互いが成長していければいいですね」

——競技者として、自分の強みと課題はそれぞれどのように捉えていますか?
「強みは学生時代に身につけた周りに流されず、自分の信念を貫いて練習できるところです。また、その練習も高い質のものができますし、ボリューム的にも多くをこなすことができます。その一方、練習では自分を追い込みすぎて、レースにピークが合わないこともあって、そこを改善する必要があると考えています。これからは社会人として出るレースのすべてで結果を求められるので、安定して結果を出している伊藤や他の先輩から学んでいくつもりです」

——強みを伸ばし、課題を克服していく過程で、富士通が大切にしているコンセプトである「挑戦に終わりはない」や陸上競技部のテーマである「世界で戦う」ということはどのように体現していきますか?
「挑戦とは世界への挑戦だと考えています。自分は沖縄県出身ですが、これまで日本代表として世界で戦った沖縄出身のランナーは少ないので、自分がそういう存在になることを競技人生の大きな目標としています。これまでユニバー以外でも海外のレースを何度か経験してきましたが、思うように力が発揮できず、まだまだ未熟な点が多いので、今後も積極的に海外のレースに出て、世界と戦う経験を積んでいきたいです。その積み重ねが日本代表になったときに生きると思っています」

——世界で戦いたいという目標をはっきりと持ったのはいつ頃でしょうか?
「自分として明確に『マラソンで世界に出たい』と強く感じたのは昨年の世界選手権(東京)になります。ユニバーは大学生の大会ですが、世界選手権はシニアの大会なので、それを見て受けた影響は大きいですね」

——個人としてだけでなく、駅伝での活躍も期待されています。チームの中でどんな存在を目指しますか?
「将来的には自分の走りでチームを勝たせることのできる存在を目指したいです。大学では出雲、全日本、箱根と3つの駅伝がどれも重要でしたが、実業団ではニューイヤー駅伝がすべてをかける大会になります。その1本に合わせるピーキングが大切になりますが、もしマラソンを走るようになれば、1月の駅伝に合わせながらマラソンの強化をしていくという両立は簡単ではないかもしれません。それでも駅伝でしっかり結果を残せる選手になりたいと考えています」

——駅伝においての上原選手の武器はどんな点でしょうか?
「タフさが自分のストロングポイントです。ニューイヤー駅伝は風が強い中で行われますが、向かい風の中でも力を発揮できます。そこは大学でも得意としていた点なので、その姿を注目していただきたいです。個人のレースよりも駅伝が好きなので、駅伝でしっかりアピールしたいです」

——陸上競技のどこに面白さを感じていますか?
「陸上競技全般に言えることですが、スタートしたら自分の体一つで勝負するスポーツであるところです。その時点で調子を崩していたら、当然、結果は望めません。ですので、レースだけではなく、その前の練習や調整段階から勝負は始まっています。観ていただく際にも、そうしたところまで思いを馳せていただくと、より楽しめるのではないかと思います」

——富士通では競技者としてどのようにステップアップしたいと考えていますか?
「1年目からマラソン挑戦も視野に入れています。やはり自分の強みはロードであり、長い距離です。その強みを生かし、2028年にロサンゼルスで行われる国際大会にマラソンで出ることを目指します。そして最終的な目標は日本記録更新です。富士通には過去にそれを成し遂げた選手もいますし、ここで力をつけることでその目標に近づけると考えています」

——その目標への第1歩となる2026年度はどんな結果を目指しますか?
「とにかくがむしゃらにやっていきたいです。まずはトラックでスピードを磨いていきたいと思っていますが、夏からは距離を伸ばしていき、ニューイヤー駅伝の2区を目標にしていきます。1年目とはいえ、結果が求められることは理解しています。まずはニューイヤー駅伝のメンバー入りを目指し、そして区間賞を取りたいと考えています」

(取材・文/加藤康博)