覚悟を持って取り組み、結果にこだわる
小澤 大輝(長距離)

高橋健一監督からの言葉が契機となり、自分自身を見つめ直した小澤 大輝はさまざまなレースでさまざまな経験を積み、より高いレベルに挑む意欲を育んだ。
富士通に入社して迎える4年目の2026年も、高校時代に培った「努力の天才になれ」と「攻めて粘れ」という言葉を胸に、チャレンジを続けていく。

■髙橋健一監督からの言葉が飛躍への契機になった

——富士通3年目となる2025年シーズンは、初となる日本選手権出場など、新たなステージへと上がった1年だったと思います。ご自身ではどのように振り返りますか?
「2024年のうちに、4月に行われる日本選手権10000mで標準を切っていましたが、それだけでなく、6月の日本選手権での5000mの参加標準記録を突破して出場し、両方で勝負することを前半戦の目標にしていました。結果としてどちらもスタートラインに立つことはできましたが、上位争いに加わることができず、自分自身の力不足を痛感しました。タイムは上がってきましたが、競い合うレースではまだまだ勝負ができず、課題が明確になったと受け止めています。また秋には入社して初めて、東日本実業団駅伝のメンバーに入ることができましたが、最後に並走する選手に競り負け、7区区間8位と思うような走りができませんでした。精神的にも冷静さを欠いていて、走力以外の部分でも弱さを感じました。全体的に見て、満足のいく1年ではなかったです」

——まずは日本選手権についてお聞かせください。日本最高峰の舞台を経験し、どんなことを感じましたか?
「周りが日本を代表する選手ばかりなので、その顔ぶれを見て、走る前から名前負けしてしまいました。10000mは始めから決勝の1本だけでしたが、5000mは予選があり、スタートリストが出た時点で強い選手と同じ組になったと分かった時点で、『この人と競わないといけないのか』と、弱気な自分が出てしまったんです。自分は出ることが目標になっていた一方で、そこで勝負する選手は上位で戦うことを目指し、準備してきていたはずで、その差が出ました。やはり出ることが目標では戦えません。この経験を糧とし、今年はそこで戦うことまで考えた計画を立て、強化をしていくつもりです」

——2024年12月に10000mで27分台に突入し、2025年はハーフマラソンでも自己ベストを出しています。富士通に入社して2年目から3年目にかけては好結果が続いていました。その要因についてはどう分析していますか?
「2年目となる2024年の夏から秋にかけ、髙橋健一総監督から『小澤には強さがない』と指摘され、東日本実業団駅伝のメンバーから外されたことが一つのきっかけだと思います。やはり悔しかったですし、そこから自分自身が変わらないといけないと思い、それまで以上に集中して練習に取り組むようにもなりました。それによって、2025年前半は都道府県駅伝やエキスポ駅伝、クロスカントリー日本選手権など、さまざまなレースに出場し、さまざまな経験を積んできたことで、さらに高いレベルで戦いたいという挑戦する気持ちが湧いてきたことも大きく、それが結果として現れてきたと感じています」

——昨年は東日本実業団駅伝のメンバーに入った一方、ニューイヤー駅伝では出走の機会をつかめませんでした。悔しさも大きかったのではないでしょうか?
「12月に疲労骨折をしてしまい、走れる状態ではなかったんです。大事な試合の前にケガをしてしまうのは大学時代から何度もあり、また同じことを繰り返してしまったことは悔しかったですが、ある意味、仕方がないと納得せざるを得ない感覚でした。故障してしまう点は課題として克服しないといけないと感じましたが、引きずることなく気持ちを切り替え、回復に努めました」

——2026年1月には世界クロスカントリー選手権に日本代表として出場しました。初の日本代表としてのレースでしたが、どんな経験を得ましたか?
「このときも万全の体調ではなく、状態が良くないなかでの出場となりましたが、さまざまな面で学びがありました。なかでも世界選手権(東京)の10000mで優勝したジミー・グレシエ選手(フランス)が同じレースに出ていて、独特の雰囲気のなかで走ることになり、身が引き締まる思いでした。もっと上を目指したいという意欲が生まれたので、このレースを走ったことで得たものは大きかったですね」

■高校時代に培った「努力の継続」と「攻めて粘れ」の精神

——富士通に入社して4年目になりましたが、ここまでどの部分で成長できたと考えていますか?
「自分で練習を考え、結果につなげるという点で成長できたと思います。学生時代は練習も集団走が多く、ジョグも距離や時間を指定されていましたが、富士通では自由な雰囲気のなかで、トレーニングも多くの部分で選手個人に任されています。結果で評価される世界ですので、自分でいろいろ考えてシビアにやっていかないといけませんが、そこは少しずつ形ができてきたと思います」

——選手個々の裁量が大きい中、影響を受けたり、刺激になるチームメートはいますか?
「まずは経験も知識もある監督やコーチに話を聞き、学ばせていただくことが多いですが、選手で一番影響を受けているのは同期の伊豫田 達弥です。伊豫田のすごいところはレースで大きく外さない点で、そこは学ばせてもらっています。入社時から自己ベストも自分より速く、常に1歩前にいる存在。彼に何とか追いつき、追い越したいと思って取り組んできた結果、去年、ようやくその背中に届いたのですが、すぐにまた差を広げられてしまいました。自分はそこまで才能もないのでコツコツと練習を積み上げ、少しずつ成長していくしかないですが、これからも刺激を受けながら切磋琢磨できればと思っています」

——日頃から地道に練習を継続することを意識されているとうかがっていますが、それは学生時代から変わりませんか?
「はい。高校でも1、2年生ではあまり結果が出せなかったのですが、『努力の天才になれ』と当時の指導者から言われ、それが自分の考えの軸になっています。大学でもやはり1、2年時は故障であまり走れませんでしたが、腐らず積上げていくことで成長でき、最終学年で箱根駅伝も出ることができました。努力したうえで、結果が出なければ諦めもつきますが、何もしないで悔しい思いはしたくないという思いは常に持っています」

——明治大学の先輩にあたる横手 健選手も目標のひとりだとうかがっています。
「横手さんは故障しても回復後の狙った試合で必ず結果を出すところを尊敬しています。今年のニューイヤー駅伝でもフィニッシュ地点で自分が迎え入れたのですが、走りにものすごい闘志を感じました。日頃から競技に向き合う姿勢も尊敬していますし、ぜひ同じような強さを身につけたいと思っています」

——競技者としての座右の銘などはありますか?
「高校時代の部訓だった『攻めて粘れ』という言葉を大切にしています。言葉の通り、どんなときも攻めたうえで粘り切れる選手を目指していて、初めて出た日本選手権10000mでも、前半から先頭に近い位置でレースを進めたのも、これを実践しようという考えからです。個人のトラックレースだけでなく、これは駅伝でも重要な考え方だと思っています。あとは先ほどの言葉にも関係しますが、『努力の継続』は常に意識しています。特に自分で決めた練習や習慣はどんな状況でも続けることが大切なので、言葉だけでなく行動するようにしています」

——自分の走りの強みはどんなところだと考えていますか?
「それはよく聞かれるのですが、自分だとあまり分からないんですよね。ただ『攻めて粘れ』の言葉通り、どんな舞台でも弱気にならず、チャレンジする気持ちは持ちたいと思っています」

——すでに2026年のシーズンが始まっていますが、今年の目標を教えてください。
「6月に行われる日本選手権の5000mはすでに参加標準記録を突破しているので、今年こそは上位で勝負できるようになることが第一の目標です。そして10000mの日本選手権が12月にあるので、そこに出場して上位で勝負できるようになることを目指します。今、チームのレベルが上っていますし、強い後輩も入ってきますのので、そのくらいの力がないと、ニューイヤー駅伝のメンバー入りはできません。現状維持ではなく、チャレンジを繰り返し、前進する1年にするつもりです」

——具体的にどんな挑戦をしていくつもりですか?
「今年は寮が新しくなり、ウェイトトレーニングの器具も新しいものが入ると聞いているので、それを使うための理論をこれまで以上に深く学びたいと考えています。昨年も海外のトップ選手が取り組んでいる中強度のポイント練習を1日に2回行う二重閾値走を取り入れたのですが、理論の理解が不十分だったため、あまり効果を実感できませんでした。自分の納得のいく練習をし、効果を上げていくためにも今年は様々な理論を学ぶ1年にしていきたいです」

——富士通での競技生活も4年目に入ります。日本選手権出場も果たし、日本代表も経験しました。実力的にもチームを引っ張る立場となってきたのではないでしょうか?
「正直、まだ強い先輩がたくさんいますし、実力的にも自分がチームを引っ張っていくレベルにはなっていません。ただ力のある選手が毎年入ってきて、後輩も増えてきたので負けられないという思いは強くなっています。監督やコーチからも『小澤たちの代が強くならないと、富士通が強くならない』と言われていますので、自覚と責任感を持ってチームを盛り上げていければと考えています」

——選手としての最終目標はどこにおいていますか?
「自分の競技人生を大きく3つのフェーズに分けているのですが、世界クロカン(世界クロスカントリー選手権)に出たことで、いよいよ最終章に入ってきたと感じています。大きな目標として次はトラック、そしてマラソンで日本代表になりたいです。特にマラソンは2028年にロサンゼルスで行われる国際大会を視野に入れ、計画的に挑戦していきます。ただいろいろな考えの人がいると思いますが、自分はマラソンを特別視はしていなくて、ハーフの延長線上のように考えています。ですので、まずはトラックやハーフでの強さを身につけることを今年の目標とし、そのうえでマラソンを見据える取り組みへと移行するつもりです。もちろん駅伝も注目される舞台ですので、今年こそはニューイヤー駅伝の舞台に立ち、そこでチームに貢献する走りをします。2025年はこれまで出られなかった試合に出られ、多くの経験ができましたが、結果としては物足りないものになりました。ですので、2026年は覚悟を持って取り組み、結果にこだわるシーズンにします」

(取材・文/加藤康博)