人事を尽くして天命すら変える決意
篠原 倖太朗(長距離)

陸上をはじめたころから憧れていた富士通で踏み出した1年目のシーズン、篠原 倖太朗はニューイヤー駅伝3区で区間賞、区間新記録を達成した。
「実業団の流れや雰囲気も分かってきた」と語る2年目のシーズン、愛知・名古屋2026アジア競技大会出場を目指すとともに、

走るすべてのレースでハイレベルな結果を残こすことを誓う。

富士通の名前を背負って走る新鮮さと重み  

——富士通1年目の昨シーズンはどんな目標を立てて臨みましたか? そしてどんな収穫を得られたかを教えてください。

「世界選手権が東京で行われましたので、その出場を目指していましたが、やはり日本代表になるのは簡単ではなく、跳ね返されてしまいました。また駅伝もしっかり走ろうと決めていて、特にニューイヤー駅伝では3区で区間賞、区間新記録を作れたことは良かったです。ただ、チームとして優勝を狙える戦力があったのに、そこに手が届かなかったのは残念ですね。ですので、1年目の結果には満足していません」

——実業団1年目ということで、競技への取り組み方や意識などに変化はありましたか?

「練習拠点は学生時代と練習拠点は変えていませんが、実業団に入ったことで意識が大きく変わりました。試合ではこれまで実業団の選手相手だと『負けても仕方がない』と思うこともありましたが、逆の立場となり、『実業団の選手相手に負けられないし、当然、学生にも負けられない』と考えるようになりました。富士通の名前を背負って走る新鮮さがある一方、その名前の重みも感じています」

——篠原選手にとって、富士通は特別なチームだとうかがっています。

「自分は千葉県出身なので、陸上競技をはじめたときから千葉を拠点に活動している富士通に憧れていました。すごく思い入れのあるチームなので、そこに入れた喜びは今もあるのですが、それ以上にその名を汚さないように、結果を残さなければという責任感のようなものを感じています」

——篠原選手は学生時代から世界で戦うことを目指していましたが、富士通1年目で世界へ向けた取り組みで何か変化はありましたか?

「練習もトラック向けのものにもっと振り切っていこうと考えるようになりました。この1年はまだ準備段階で、そこまで大きく取り組みは変わっていませんが、トラック競技で世界に出るために必要なことを絞り、そこに集中していくようにしていきます。ただ別の発見もあって、夏にチームのマラソン合宿に参加したときは、その練習のレベルの高さや量に圧倒されました。トラックで世界を目指すうえでもスピードを維持するためのスタミナは必要なので、富士通の環境を活かして、走行距離もしっかり確保していこうと思っています」

——富士通のスタッフ陣の印象はいかがでしょうか? 

「髙橋健一総監督を始め、どのコーチからも『しっかり休むように』とアドバイスしていただいています。学生時代は体も元気で、毎日、ハードな練習ができると思っていましたが、最近は練習のレベルも上がってきて、リカバリーがうまくできないと感じることも増えました。故障を予防する意味でも、休む重要性をこの1年で学びました。あと、夏のマラソン合宿に参加したときに、福嶋正エグゼクティブアドバイザーから『マラソンに向いている』と言われたことは心に残っています。当分はトラックで世界を目指したいですが、将来的にはマラソンに移行するつもりなので、自信になりました。競技生活のなかでトップ5に入るくらい、うれしい言葉でした。

——ニューイヤー駅伝ではさすがの走りでしたが、初めての舞台で好走した要因はどこにあると考えていますか?

「大学時代、正月は毎年、箱根駅伝で20キロを超える距離を走っていましたので、それが15キロまで短くなり、シンプルに走りやすかったです。加えて箱根駅伝は、前半は慎重に入って、後半まで耐えるレースですが、ニューイヤー駅伝は最初からプッシュして最後までそれを維持できればいいし、ダメならダメで仕方ないというイメージを持っていて、それが楽しかったですね。途中で『これは区間賞が取れるな』と思っていましたが、区間新記録まで出せましたので、自分でも納得のいく走りでした。この15キロ前後の距離は本当に自分に合っていると思います」

——一方でチームとしては10位と残念な結果に終わりました。ニューイヤー駅伝の難しさも感じたのではないでしょうか?

「どのチームも序盤の区間からとことん攻めてくるので、どこかで遅れたときにリカバリーが難しい駅伝だなと感じました。勝てるときはきっと大勝できるのかもしれませんが、なかなかそうはいかないですよね。なので、ハイペースの戦いで、いかに粘りきるかという意識をチーム全員で共有したいです」

——大学時代以上に結果に責任がともなうなか、トラック競技と駅伝を両立させることの難しさは感じませんか?

「トラックと駅伝は距離や環境が違うだけで、走ることには変わりはないので難しさは感じません。むしろカーブが苦手なので、ロードのほうが走りやすいくらいです。そもそも競技へ取り組むにあたって、学生時代はいろいろと制約もあって、自分のことだけに集中できなかったですが、今は陸上競技へ費やせる時間もお金も増え、可能性が大きく広がりました。練習も順調に積めていますし、このままやっていくことができれば、トラックでも駅伝でも大きな結果が出せるはずだと自分でも楽しみにしています」

——初めてのニューイヤー駅伝で、エースと呼ばれるにふさわしい結果を残しました。チームを結果で引っ張ろうという意識も生まれてきたのではないでしょうか?

「まだそれはないですね。ただ後輩が入ってきたので、彼らに駅伝でいい思いをさせてあげたいと思いますし、自分が何かを教えたり、引っ張り上げるようなことはしたいと思っています」

——逆に篠原選手が影響を受けた先輩選手はいますか?

「松枝(博輝)さんです。練習メニューもスタッフと相談しつつ、自分の考えを積極的に取り入れて組み立てていますし、海外のトップ選手が取り組む二重閾値走も、血中乳酸濃度を自分で測定しながら取り組んでいます。自分は高地トレーニングが苦手なのですが、そこへの対応方法など具体的なアドバイスもいただきました。またマラソン合宿で一緒だった浦野(雄平)さんの練習量には本当に驚きました。こうした形で気づきや刺激をいただけるのも、レベルの高い選手が多い富士通だからこそだと思っています。一方で選手同士の仲が良く、合宿では練習以外の時間にいろいろと誘っていただけて、チームとしての仲間意識もあるんです。そこが富士通の良さですね」


実業団に入り考えるようになった陸上競技の人気や価値の向上 

——そうした経験を踏まえ、富士通1年目でどう自分自身が変化しましたか?
「競技の面で日々、刺激をいただきながら取り組めていることはもちろんですが、実業団に進み、お金をいただく立場となり、どうすれば陸上競技の人気や価値を上げていくかを考えるようになりました。例えばニューイヤー駅伝はお正月で多くの人が観ますので、競技の魅力を伝える絶好のチャンスであり、そこでどう走れば多くの人が楽しめるかを考えて走ったつもりです。世界選手権も東京で開催され、多くの観客が入りましたが、それを日本選手権でも実現するために、自分がどうすればいいかも考えています。答えはまだ見つかっていませんが、そうした視点で競技に取り組むようになったことが、学生時代からの一番の違いです」

——篠原選手が考える陸上競技の面白さは何だと思いますか?
「「シンプルなところだと思います。それにタイムという指標があるので、すごさも分かりやすいと思っています。例えば5000mで12分台、10000mでは26分台というところにまだ日本人は到達していません。そこにチャレンジし、実現していくことで盛り上がると思うんです。また世界の舞台で海外選手相手に勝つことも必要です。見る人がドキドキしたり、喜んでもらえる瞬間がやはり面白いと思いますし、そうした瞬間を作り出せる選手になりたいです」

——篠原選手は座右の銘として「人事を尽くして天命すら変える」という言葉を挙げています。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉はありますが、あえてここから変えている意味を教えていただけますか?
「大学4年生くらいから口にしているのですが、大きなレースになるとどんなに準備をしても、万全ということがなく、スタートラインに立つまで『まだやれることがあるはず』と思っています。完全な準備というのは存在しないので、天命を待つ時間すらももったいないなと思うんです。なので、天命すらも変えるくらいの準備をしようと考え、この言葉を座右の銘にしています」

——富士通としては「挑戦に終わりはない」というコンセプトを掲げ、陸上競技部は「世界で戦う」ことを目指しています。すでに世界への挑戦を開始している篠原選手ですが、どのようなロードマップを描いていますか?

「まずはトラックで世界に出ることが今の目標です。富士通でも松枝さんや坂東(悠汰)さんが2021年に東京で行われた国際大会で5000mに出場しましたが、もっと多くの選手が出ないといけないですし、自分もそこに加わりたいです。2028年にロサンゼルスまではトラックを突き詰め、5000mで12分台、10000mで26分台を目指します。そのスピードを持って2032年のブリスベンではマラソンで挑戦したいです。トラックももちろんですが、最終的にはマラソンで日本記録を作るのが目標です。スピードを伸ばすことでマラソンの可能性が広がると思うので、当面は自分らしさをもってトラックに集中したいですね」


——篠原さんの自分らしさとはどんなものですか?
「自分は中学、高校と全国大会に出ていませんし、結果を出していない時期が他の実業団選手より長いので、ある意味、自分の能力の限界を理解していています。その意味で可能性を無限と考えるのではなく、有限ととらえていて、それをコントロールしていきたいと考えているんです。もちろんアスリートとして活躍できる時間も限られていますので、そのなかで現実的な目標を立て、計画的にそれを達成していくことで、高みを目指していければと考えています」

——富士通2年目の2026年はどんなシーズンにしたいと考えていますか?
「実業団の流れや雰囲気も分かってきたので、今年は力を発揮できる手応えがあります。愛知のアジア大会出場をしっかり狙うことが第一ですが、自己ベストの更新もできそうな予感があります。もちろん駅伝でも昨年以上の結果を目指し、特にチームの順位を上げられる走りをしたいですね。自分は大きく外さない安定感が武器なので、走るレースのすべてでハイレベルな結果を残せるように頑張ります」

(取材・文/加藤康博)