2年後を見据えて総合力と武器を強化
住所 大翔(競歩)

■同世代のメダル獲得で抱いた悔しさに、自分にムチが入る
——2025年の振り返りからお話を伺っていきたいのですが、シーズンの滑り出しとして第73回元旦競歩大会(第87回東京陸上競技選手権競歩大会)で優勝されました。
「そうですね。練習の一環というか、2月の日本選手権に向けた調整として、元旦競歩は出場させていただきました。予定では1時間20分フラットぐらいで20kmを歩ければいいかなと、今村文男競歩ブロック長、森岡紘一朗コーチとも話しながらやっていたのですが、想定以上に身体が動いたところもあって、まずまずの準備状況ではあったと思っています」
——2月の日本選手権は、9月に東京で行われる世界選手権に向けた主要な代表選考会ということで、元旦競歩大会以上の意気込みで臨まれたのではないかと思います。結果は途中棄権でしたが、何km地点でレースを終えられたのでしょうか。
「おそらく11km手前でした」
——どういう状態になり、レースを棄権せざるを得なかったのでしょうか。
「レース前夜あたりから少し発熱があり、それを押してレースに臨みました。体調不良を言い訳にはしたくはありませんが、体調管理ができなかったことが一つ大きなミスでした。そのため、体調不良でなければもう少し戦えたのではないかと思う気持ちもありますが、それ以上に先頭集団のペースも速かったので、体調不良ではなかったとしても、自分が戦えていたかどうかはあやしいとすら思っています」
——実際、日本選手権はかなりハイペースでレースが進んでいました。それまでの調整自体は、順調だったのでしょうか。
「そうですね。1時間17分には少し届かないのではないという自覚はありましたが、18分半前後では歩けるのではないかと考えていました。そうした状況ではあったので、ある程度、自信を持ってスタートできるとは、直前までは思っていました」
——1カ月後の3月16日に行われた第49回全日本競歩能美大会では、歩き切って2位に入りました。
「その時点で世界選手権への選考はほとんど終わってしまっていて、この大会に優勝すれば、世界選手権の補欠には入れる可能性もあったので、自分自身としては優勝を目標にしながらレースを進めていました。ライバルとなる古賀友太選手や一つ年下の濱⻄諒選手と争う展開になると想定しつつも、周りの状況を見ながらレースは進めていました。実際は、思ったよりも学生たちが引っ張ってくれたので、楽な展開ではありました。ですが、勝負どころのラスト2~3kmぐらいから、古賀選手との一騎打ちになり、そこで力負けした結果、2位に終わってしまったと感じています」
——世界選手権の代表選考は、日本選手権の上位が優先されるということで、世界選手権の代表入りを逃しました。東京では34年ぶりとなる自国開催での世界選手権に出られなかったことについてはどのように感じているのでしょうか。
「2021年に東京で行われた国際大会のときも、正直、出たいという気持ちがあり、世界選手権も自国で開催するということで、やはり出たかったという気持ちはありますが、そこだけにこだわる必要もないのかなと、今は思えています。実際、自分の力が足りていなかったから出場することができなかったのかな、と。海外で何回かレースを経験していますが、国内でのレースと、海外でのレースにそこまで大きな差を感じているわけではないので、自国で開催された国際大会に出たかったという思いはありつつも、そこまで特別な思い入れやこだわりは持っていませんでした」
——2022年にオレゴンで行われた世界選手権20km競歩で8位入賞した経験があります。海外のレースだからといって気負ったり、普段のパフォーマンスが出せなかったりということはなかったのでしょうか。
「そうですね。一応、(当時は)補助食というか、アルファ米のようなものを持っていったりはしていたのですが、向こうの食事がおいしかったこともあって、食事環境や時差を気にすることなく取り組むことができました。あのときは、それが良いパフォーマンスにつながったと思っています」

——結果的に2025年の世界選手権には出られませんでしたが、勝木隼人選手が男子35km競歩で銅メダル、女子では20km競歩で藤井菜々子選手も銅メダルを取りました。日本勢の活躍を見て、今後の自分につながるような刺激は受けましたか。
「20km競歩も35km競歩も見ましたが、同級生の藤井選手が銅メダルを取ったことを素直に『すごいな』と思ったのと同時に、悔しい思いも抱きました。『同級生がこんなにも成長しているのか』と思うと、少し置いていかれているような気分になったというか……そうした悔しさはありましたね。2つ年下の吉川絢斗選手が7位入賞と、20km競歩では日本人がトップで帰ってくるなど、後輩の成長もあって、焦りも感じました。だから、どちらかというと素直に『おめでとう』と言えるような気持ちよりも、自分もやらなければと、ムチが入ったような感覚になりました」
——同級生である藤井選手とは、日頃から連絡を取っているのでしょうか。
「そこまで頻繁に連絡を取ることはありませんが、HPSC(ハイパフォーマンススポーツセンター)で会ったときには、話をしますね。また、同級生のメンバー数人で食事に行くこともあるので、そのときもお互いの近況については話しています」
——男子選手で仲の良い選手はいるのでしょうか。
「競歩の選手たちは、みんな仲が良いと思います。そのなかでも同級生は気を使わずに話せる相手なので、最近も吉川選手といろいろな話をしました。彼とはたまに遊びにいくこともあります」
——1月の宮崎合宿では、いろいろな選手と一緒にトレーニングをして、学びになることも多かったのではないかと思います。合宿を経て、よりレベルアップした部分はどこでしょうか。
「今年のコンセプトとして、長い距離にも挑戦しようと思っていたので、長い距離を歩くことと、あとはその質といった両方を意識しています。そのため、リスクが高いトレーニングにも取り組みましたが、大きなケガをすることもなく、また集団から大きく離れたり、練習ができなかったりということもなかったので、手応えを実感することができました。例年だと、合宿の中盤から終盤にかけては疲労困憊になり、身体も動かなくなり、練習から離脱することも多かったので。今年は自分に課したノルマをクリアできたので、それが今年の日本陸上競技選手権大会ハーフマラソン競歩につながったと思っています」
――その第109回日本陸上競技選手権大会ハーフマラソン競歩では8位という結果でした。振り返ると、良かった点はどういうところになりますか。
「一昨年(2024年)の3月から昨年(2025年)10月ぐらいまでは、負傷により全く練習ができず、残りの3~4カ月ぐらいで準備をしてきました。それだけに、20km時点の通過タイムが、自己ベストを26秒も更新できたことは評価しても良い部分なのかなと思っています。ただし、先頭との差が2分以上あるので、来年の世界選手権(北京)と、2028年にロサンゼルスで行われる国際大会までには、何としてもその2分の差を縮めなければいけないと思っています。そこが今後の課題になります」

■総合的に自身を強化したうえで武器を身につける
——日頃の練習では、今村競歩ブロック長、森岡競歩ブロックコーチのお二人に指導を受けているのでしょうか。
「そうです。2025年9月の世界選手権までは、岡田久美子さんも競技を継続されていて、森岡さんと岡田さんが同時に動くことが多かったので、合宿先が違った場合は今村さんだけの指導になることもありましたが、基本的にはその2人からアドバイスをもらって取り組んできました」
――今村競歩ブロック長、森岡競歩ブロックコーチからはどんなアドバイスをもらってきたのでしょうか。
「共通していわれるのは、フォームの左右差です。今村さんからはピンポイントでフォームの指導をしてもらいました。足の接地や股関節の動かし方、胸椎の使い方を教わり、それにつながる補助動作まで教えていただけることが多く、ためになりました。森岡さんは、練習の流れだったり、今村さんとはまた違った観点での体重移動の仕方であったりを教わりまいた。自分としても、2人のコーチから学ぶことで、自分のフォームが完成するのではないかと思っていたので、どちらの意見も積極的に取り入れながら日本選手権までやってきました」

——フォームに左右差があるということですが、具体的にどのような違いがあったのでしょうか。
「左の腕振りが少し内に巻く癖があるので、それをよく注意されていましたね」
——巻かずに真っすぐに腕を振るほうが、競歩の動きとしては正しいのでしょうか。
「真っすぐすぎるのも良くないとは思うので、多少は中に入ってもいいとは思いますが、僕の場合は、極端に左の腕だけが中に入る癖があったので、それを直す必要があると言われています」
——今、歩型(フォーム)の部分で課題にしていることはありますか。
「今年の日本選手権は(歩型違反の注意を意味する)イエローバドルが、3枚出たのですが、警告はゼロだったので、大きく懸念することではないと感じています。練習中はコーチ2人からも『そこまで気にしなくてもいいのではないか』と言われることが多くなってきているので、歩型については特別、懸念はありませんね。ただ、やはり疲れというか、スタミナが切れてくると、ロス・オブ・コンタクト(両足が同時に地面から離れる歩型違反)の注意が増える傾向にはあるので、そのあたりはしっかりと直していかなければいけないと思っています」
——フォームについては順調に進まれている感じですね。
「そうですね。できるだけ警告が出ないように、デッドゾーンを超えないようにレースは進めているので、そこを超えない限りは大丈夫かなと思っています」

——日本の競歩レベルもさらに上がっているように思います。スピードをより上げていくためにはどういうことが重要だと考えていますか。
「スピードだけでは厳しいのではないかとも思っています。勝負どころでは、もちろんスピードが重要になりますが、それだけではレースには勝てません。一方で、スピードや持久力も必要ですが、個人的にはすべてを一級品にする必要はないと思っています。スピードや持久力、筋持久など、選手に必要なすべての項目で1番を取るのではなく、2番でもいいので、総合的に自身を強化して、総合力で勝つことができたらいいのではないかと思っています。そのなかで、やはり一つくらいは、自分の武器といえるものを持っておいたほうが強みになるので、これからの1年間では、そうした何か自分の武器となるものを磨いていければな、と。今、そこは模索中ですが、その武器を身につけて、勝負どころで力を発揮できる選手になれたらと思っています」
——模索中である武器とはどういったものになっていきそうですか。
「やはりスピードという武器は手っ取り早い強みになると思っています。山西選手や、野田明宏選手も最近はスピードをつけてきているので、自分も勝ちたいと思いつつも、現実的ではないかなと思うところもあります。それだけに、これもまだ模索中ですが、自分にとって最も可能性が高いのは、歩型の部分で圧倒するということ。勝負どころで相手に2枚(警告を)つけてしまうというのが、勝負するうえで一番勝つ確率が高くなるのかなと思っています。試行錯誤しながらも、その歩型を一番の武器にしていければと思っています」
——「相手に2枚つける」という表現はあまり聞いたことがありませんが、それは相手の歩型を乱れさせるだけの歩きを、住所選手がするということでしょうか。
「そうですね(笑)。相手よりもきれいに歩くというか。僕自身も、審判に話を聞いたことがないので、明確に説明することはできませんが、審判も、誰かと誰かのフォームの違いを見て(判定して)いるのではないかと感じています。だから、誰かと競り合っているときに自分のフォームが乱れていなければ、向こうにパドルが出たりする可能性もあるのではないかな、と。もしくは、これも駆け引きの一つですが、勝負どころで自分がスピードを上げて、ガンガン押していくことで、相手のフォームを乱れさせるといった作戦も有効なのではないかと思っています」
——そうした駆け引きを制していきたいということですね。最後に新しいシーズンに向けての目標をお聞かせください。
「海外のレースに出る機会があれば、そこに合わせながら海外との力の差も確認したいなと思っています。あと、国内の主要レースで長いこと優勝ができていないので、全日本実業団陸上競技選手権大会などを目標にしながら、まずは国内で1番を取りにいけたらなと思っています」
——2028年にロサンゼルスで行われる国際大会は、どの選手も見据える大きな目標だと思います。そこに向けての意気込みはいかがでしょうか。
「今回の日本選手権でトップと2分の差があったので、1年間に1分ずつ縮めると考えれば追いつくのは決して不可能ではないラインだと思います。ただ、他の選手も成長していくので、今年1年で何とか追いつけるところまで追いついて、その翌年にはいざ勝負というところにはなるので、計画を立てながら選考に挑み、代表に選ばれればしっかりとメダルを目指したいです。アメリカは自分にとって、得意な舞台でもあるので、そこではしっかりと結果を出せたらな、と。まずは代表権を取るところからになるので、1年で1分縮めるという感じで、計画を立ててやっていこうかなと思っています」

