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髙橋 健一 長距離ブロック長兼駅伝監督 インタビュー

昨年優勝で実感した成長。「1秒でも早く走る」気持ちに託す
髙橋 健一 長距離ブロック長兼駅伝監督 インタビュー
——東日本実業団駅伝が近づいてきましたが、チーム状況はいかがでしょうか?(取材日:10月17日)

全体的に見ると、例年よりも出足が遅い感じです。雰囲気は良くなってきていますが、今回はけが人が多いこともあって、オーダーを組むのが難しいですね。主力の中にも何人か、今回は出場を見送ろうと思っている選手がいるため、走順に関してはしっかり走れている選手の中から調子が良い順番に並べていくつもりです。

——MGCや世界選手権に向けてピークをあわせていた選手も多かったことが、チーム全体に影響しているということでしょうか。

今年はMGCがありましたし、世界選手権出場を目指して標準記録突破を狙っていた選手もいたので、夏場の合宿自体も全体で行うことができませんでした。柱となる選手がいないまま、チームでの走り込みをしていたところがあり、そういった影響もここに来て出ているのかなと思っています。最終的なオーダーは、坂東悠汰や大森澪など必然的に若手中心の編成になると思います。

——チームとしての目標はどのあたりに置いておられますか?

昨年の大会で優勝していますが、正直今年優勝を狙うのは少し厳しいと感じています。そんなに甘くないですから。先ずは、ニューイヤー駅伝の出場権を獲ることが及第点だと思っています。この東日本実業団駅伝の予選はしっかり通過して、元旦のニューイヤー駅伝ですべての戦力を使って、できるだけ上位に入りたいと考えています。それまでに、中村匠吾などの主力も揃えて勝負できる体制を整えられればと思っています。

髙橋 健一 長距離ブロック長兼駅伝監督 インタビュー
——個人で調子の良い選手は誰ですか?

佐藤佑輔と潰滝大記は調子が良いですね。新人の坂東も、徐々に調子は戻ってきています。ただ、夏場に5000mに向けたトラック練習を中心にしてきたので距離の長いところに配置は難しいかなと感じているところです。また、下史典や大森など若い選手がしっかり調子を取り戻せば、主要区間も含めて使ってみたいと思っています。

——今年の東日本実業団駅伝でカギとなるのはどの区間だと思いますか?

3区が終わった段階でどの位置にいるかが重要ですかね。一番前にいるのが理想ですが、少し厳しいだろうと予想しています。なんとか、その時点で先頭グループか5番目までにはつけておきたいですね。3区には、本当はマラソン選手を置きたかったのですが、今のところは未定です。1区の流れも重要なので、トップと10秒差ぐらいでタスキを持ってきてくれれば、そのあとにつながっていくだろうと思っています。

——今年は2区と3区のコース変更、外国人選手を起用できる区間も変わります。この点について何か影響はありますか?

コース自体大きく変わるわけではなく、中継所が変わる程度ですし、今まで外国人選手を起用していた3区と2区が入れ変わるだけなので、それほど大きな影響はないと考えています。風も前半は向かい風になるので、戦略を変える必要は特にないと思っています。

——厳しいチーム状況だとしても、昨年度の優勝チームに見合うだけの走りを見せなければなりません。意気込みを教えてください。

昨年優勝しているという実績があるので、他のメンバーもそれを感じながら走ってくれると思います。優勝したことで、実際に成長した部分もあります。ここで「1秒でも早く走れば」、という気持ちは持っているので、それを信じて託したいと思います。

——東日本駅伝とニューイヤー駅伝を通して、ファンの皆さんへのメッセージをお願いします。

最近では、マラソンで中村がMGCで優勝し、世界選手権でも50km競歩で鈴木雄介が金メダルを取ったり、全日本実業団対抗選手権でも総合優勝するなど陸上競技部としては非常に調子が良いので、ここで流れを止めたくないのが正直なところです。駅伝は流れに乗れば上位に出られることもあるので、選手たちの応援をよろしくお願い致します。

髙橋 健一 長距離ブロック長兼駅伝監督 髙橋 健一(たかはしけんいち)長距離ブロック長兼駅伝監督
1973年1月16日生まれ。順天堂大学在籍時に箱根駅伝などで活躍、卒業後ダイエーを経て1998年富士通へ入社。2000年のニューイヤー駅伝では6区を走り、富士通初優勝に大きく貢献した。同年の東京ハーフマラソンで1時間00分30秒と日本記録を更新(当時)。2001年世界選手権、マラソン日本代表。現役引退以後は長距離コーチとなり、現在は駅伝監督を務める。