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陸上 富士通陸上競技部

佐藤佑輔インタビュー

2013年の東日本実業団駅伝。この年入社したばかりのルーキー佐藤佑輔は1区を任され、終盤の素晴らしい走りで区間賞を獲得。そして、大きな期待を背負って出場した2014年ニューイヤー駅伝では、全長100キロの戦いを締めくくるアンカーを務めた。佐藤はゴール直前、5人で激しい4位争いを展開。しかし、ゴール直前で2チームに抜かれ、6位でフィニッシュ。ラスト勝負に自信があった彼は、その自信を打ち砕かれゴール直後に泣き崩れた。
それから、5年目を迎える佐藤だが、これまで度重なる故障にも見舞われ、最たる結果を残せていない。今年度は長距離キャプテンにも就任。入社当初から売りだった“摺り足で走るエネルギーロスの少ないフォーム”も、自ら「変わりたい」との意思で改善に取り組んでいる。すべては結果を残すために。「今年の東日本実業団駅伝をきっかけに浮上したい」と語る佐藤に、迷いはない。

今年の東日本実業団駅伝は“気楽に”かつ“攻めて”浮上のきっかけを掴みたい
佐藤佑輔インタビュー
――今年は長距離ブロックのキャプテンに指名されました。就任の経緯は?ここまで苦労などありましたか?

近年は前年度のキャプテン・副キャプテンが指名する形をとっているので、星さんと菊池さんから声をかけていただきました。実業団になると自分のことは各自しっかりやってくれるので、全く苦労はないですね。これから駅伝シーズンに入り、チームとして動くことが増えるので、同じ方向を向かせられるかどうかが重要になると思います。

――東日本実業団駅伝まで約一カ月です。チーム状態はいかがですか?

エントリーしている10人でまとまった練習ができています。去年よりも安心感はありますね。練習も大きく崩れることなく消化できています。

――個人の調子はいかがですか?

目標としていた8月の北海道マラソンでは、直前に体調を崩して結果を残すことができませんでした。それでも、大会に向けて行ってきたマラソン練習がここに来てスピードの下支えをしてくれている感覚があり、調子自体もかなり上がってきていますね。
個人的には今は次のステップへの過渡期で、この1年半くらいはフォーム改善を意識しています。去年の駅伝は、噛み合わなかった面もあり、不本意でした。この春以降はうまくステップアップできており、良い調子です。

――昨シーズン、チームとしての駅伝を振り返るとどんな年でしたか?

昨年の新人が元気だったので、東日本実業団駅伝に関しては私が順位を落とさなければ3~4番手でゴールできたと思います。そこまでは例年より勢いがあった。ニューイヤー駅伝は、直前に怪我人を複数人出してしまったなかで6位。今年は全員元気な状態で走ってくれれば、さらにチーム内の競い合いが激しくなって高めあえると思っています。

――そのあたりを踏まえて今年の東日本実業団駅伝の目標を聞かせてください。

チームとしては最低3位以内を目指しています。あとは当日の調子次第でどこまで上にあがれるか。個人としては去年のリベンジもしたいですし、1年目に区間賞をいただいてからしばらく獲れていないので、アンカーで区間賞を獲りたいですね。

――東日本実業団駅伝に対する思い入れはありますか?佐藤選手にとっては、区間賞や2016年大会の失速など縁深い大会だと思います。

年々元気がなくなっている感じが否めないので(苦笑)、今回の東日本実業団駅伝をきっかけに浮上できたらという想いがあります。良いイメージがある大会なので、“気楽に”かつ“攻めて”いきたいですね。

――大会自体は見る側にとってどんな魅力がある大会ですか?

日本のトップクラスの選手が出てくるので、彼らがどういった走りをするのかに注目ですね。あと駅伝は状況によって展開が大きく変わるので、その変化を見ていただければと思います。

強い選手が毎年入ってくるのは、刺激にもなるし心強い
佐藤佑輔インタビュー
――過去のこともお伺いしたいと思います。陸上を始めたきっかけは?

中学3年生の時にソフトテニス部を引退して、陸上部の友人に駅伝の助っ人を頼まれて走ったのが最初です。中3の夏からですね。小学校から中学校1年まではサッカーで、中学校2年・3年はソフトテニス部でした。

――駅伝に出て良い結果だったから、そのまま続けた形ですか?

同い年で誘ってくれた友達が今もデフリンピックの日本代表なのですが、その彼が「一緒に同じ高校に行って続けないか」と誘ってくれたんです。元々持久走は前の方で走っていましたし、走るのは嫌いではなかったので、すぐのめり込んだ感じはありました。

――高校から始めたなら、最初は練習などきつかったんじゃないですか?

本格的に陸上を始めたのが高校からなので、最初は朝練もついていけなかったですね。それでも、全国高校駅伝は1年と2年の時に出場して、2年生の時には区間賞を獲ることができました。総体は3年の時に5000mでインターハイまで行きました。私は予選落ちでしたが、実は同じ高校出身で今も同じ富士通所属の久我和弥は2年・3年ともに決勝に行っていましたね。

――大学でも陸上を続けた理由は?陸上で生きていこうと思ったのはいつですか?

高校2年生の時に区間賞を獲得したことで、色々な大学から声をかけていただき、そのまま続けようと決心しましたし、大学1年生の時に社会人チームから声をかけていただいて、そのころから、今後も陸上を続けていこうと思っていました。最終的には、声をかけていただいたチームの中から富士通が合っているかなと思って、入社を決意しました。

――富士通を選んだのは、チームの指針や雰囲気が合うといったのが要因ですか?

実は高校時代に、中学生と高校生、大学生と実業団の混合チームで走る都道府県駅伝があり、当時から富士通陸上競技部の選手と一緒に走らせてもらっていました。それで以前から久我と“富士通っていいチームだよね”という話をしていました。
入社してから普通に働くことも考えると、40年くらいは所属するわけで、最終的には自分の目で雰囲気を見て、決断しました。

――入社してから思っていたイメージと違いを感じたり、戸惑った部分はなかったですか?

特に戸惑いはありませんでしたし、悪いところも特にないですね。良いところは強い選手が毎年入ってくるので、そういう選手と一緒に練習できるのはありがたいです。特に今の2年目の選手たちが元気で、松枝や潰滝も結果を残していますし、みんな個性的でスタイルはも全然それぞれ違いますけど頼もしいです。