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中村匠吾インタビュー「果たすべき責任」

箱根駅伝でも活躍し、入社初年度からエース候補として迎え入れられた中村匠吾。自身の希望から、部のメンバーとは離れて出身大学を拠点とし、練習を続ける彼。自分で考え、自分なりに成長し、次のステップへ進んでいきたい。その想いを受け止めた部の待遇を見ても、彼に対する期待の高さが伺える。
今年、入社3年目の中村だが、実力の高さは主要大会で垣間見せているものの、チームを引き上げるほどの成果はまだ見せられていない。それでも今年、日本選手権5000mでは最後まで優勝争いを繰り広げるなど、確かな結果を残し始めた。
本人も「やり続けたことが少しずつ形になってきた。駅伝で結果を残してチームに勢いをつけるのが自分の役割」と、その責任を果たすべき瞬間に向けて準備を整えている。

東日本実業団駅伝は「エース区間でしっかり区間賞を獲ってチームに勢いをつける」
中村匠吾インタビュー
――東日本実業団駅伝まで、あと約一カ月ですがチーム状況をどう見ていますか?

私は普段からチームとは別で練習させてもらっていますが、各選手の試合結果を見ていると少しずつチーム状態も上がってきているように思います。自分自身もここまで順調に練習できているので、大会ではチームとして戦える状態になりつつあります。

――ご自身の調子はどうですか?春以降、手ごたえを感じたレースもあったと思います。

春先は昨年の故障の影響もあって少し出遅れましたが、6月の日本選手権以降、徐々に調子は上がっています。このまま練習を積めれば、良い結果が出せると思います。
シーズン前半でそれなりに納得できる結果は出せているのですが、もう1段階上にいきたい。勝ちきれないレースがあったので、最後の詰めの甘さというか、ラスト1~2キロでどれだけペースを上げられるかが今後の課題です。

――昨シーズンの駅伝をチームとしてはどう振り返りますか。ニューイヤー駅伝でも数年ぶりに入賞し、雰囲気が変わった感があります。

東日本実業団駅伝は、チームとして優勝を狙いに行って負けてしまった。ニューイヤー駅伝では、私やチームの主力だった星さんの故障もありましたが、今の2年目の選手を中心にしたオーダーで入賞できたのは、次につながるレースになったと思います。若手が頑張ったので、自分や自分より年上の選手たちもやらなければいけないという気持ちになりました。

――個人としてはどんなシーズンでしたか?

今年で3年目を迎えますが、1年目・2年目とそれなりに、自分のやりたいことを確実にできた感覚があります。今までそれが試合に結びつきませんでしたが、3年目になって継続してやってきたことが、少しずつ形になってきました。練習でも、ある程度これくらい走れるだろうと目安をつけたペースで、確実に走れるようになってきたと感じています。

――今年の東日本実業団駅伝に向けて、チームの目標・個人の目標をきかせてください。

東日本実業団駅伝はチームとして優勝争いに加わる力があると思うので、当然そこを狙っていきます。個人としては、エース区間でしっかり区間賞を獲ってチームに勢いをつけることが求められていると思うので、それを実現するための準備をしていきたいです。

――レースでポイントになるような区間や、意識している相手チームはありますか?

全体で言うと、駅伝は前半で遅れると厳しい展開になるので、1・2・3・4区でどれだけ流れを作れるかが大事だと思います。強豪チームの動きもある程度意識していく中で、まずは自分たちのレースをできるかが重要だと思います。
昨年は優勝を狙えるところにいたのに、力を出しきれなかった。前半までは勝負に絡んでいましたが、結果をよく見ると各区間でもう少し力を出せた部分があった。当初のプランからは物足りない内容だったので、その辺りを引き出す力が今年は求められてくると思います。

――東日本実業団駅伝はご自身にとってどんな大会ですか?

まずはニューイヤー駅伝の切符を取るのが大前提ですね。大会としては、会社の方も応援してくれたり、声をかけてくれますので、みなさんのサポートをすごく感じます。あとは、そろそろ勝たなければいけないですよね。

――ニューイヤー駅伝にもつながる大会ですよね。

中学・高校の頃からずっと、お正月はニューイヤー駅伝と箱根駅伝を見てきましたが、やっぱり実業団は大学よりも結果を求められます。その中で自分の評価を上げられる年に1度の舞台でもあるので、注目度の高い大会でしっかり結果を残したい気持ちはあります。

考えることの大切を知った高校時代と箱根の思い出
中村匠吾インタビュー
――陸上を始めたきっかけは?

小学校5年生の時に、地元のクラブチームで始めました。仲の良かった友だちが入っていて、自分もマラソン大会など走るのが好きだったのでやってみようかなと思って。
それまで何もスポーツはしていませんでしたが、マラソン大会では比較的上位に入ったり、その頃から走るのに少し興味がありました。小学校の時は100mとか走り幅跳びとかもやりましたが、中学校から本格的に長距離に取り組みました。

――中高では練習がきつかったなどありましたか?どんなことを学びましたか?

出身の三重県自体があまり陸上の強い県ではなくて、中学校時代は全国大会と無縁でした。全国レベルで活躍できるようになったのは、高校2年生くらいからですね。高校ではインターハイや国体に行けるようになり、3年生でようやく全国大会でも上位で勝負できるようになりました。合宿などは厳しかったですが、今になって振り返ると高校時代に全国上位で走れるようになったからこそ、今があると思っています。

――何か印象に残る言葉を言われたりしましたか?

先生が“高校生として当たり前のことをできるようになろう”という方針のもと、合宿や練習を組むのも生徒たちで話し合ってプランを立てて、その後で先生が見る、という形でした。大事な基礎や自分で考えることの大切さを、最も教えてもらえたのが高校時代の3年間だったと思います。
今でも練習メニューは監督と話し合って組みますが、与えられたものをこなすだけより、どういう意図があって練習に取り組むか自分でも把握できますし、試合のことも逆算して考える。そういうことを教えてもらえたのは、すごくプラスになっていると思います。

――大学では箱根駅伝の活躍もありましたが、どんな4年間でしたか?

大学1~2年生の時は、高校の練習量がそんなに多くなかったので、一気に増えた練習量についていくのに苦労しました。その2年間の積み重ねがあって、3年目くらいからは結果を出せるようになりました。3~4年生は大きな大会も経験して成長できたと思います。

――箱根駅伝は特別なレースになりましたか?

そうですね。テレビで見ていた頃と違って、いざ箱根駅伝前になると報道陣の方がたくさん来たり、ファンの方々も多かった。箱根駅伝は一つのレースなのですが、それだけ注目される大会でもありました。また、駅伝は唯一チームで戦う競技なので自分の中でも特別でした。同級生の中には実業団に行って世界大会を目指す人がいたり、大学で競技を引退する人もいた。そういう選手と一緒に走れる最後の大会が箱根駅伝だったので、特に4年目は思い出に残っています。
また、大会後もすごく多くの方に応援していただいていますし、注目度が高かった分、大きな大会に出ても冷静に試合に入り込める強さが身についたと思います。