富士通

 

  1. ホーム >
  2. スポーツ活動 >
  3. 富士通陸上競技部 >
  4. FIELD EYE(池田 大介)


陸上 富士通陸上競技部


FIELD EYE 池田 大介
“アスリートの王様”への階段

十種競技に必要なもの

成熟した者だけに許される競技

“キング・オブ・アスリート”。ひとりの選手が10種目の競技を2日間かけてこなし、各記録を得点に換算して優勝者を決める「十種競技」。その覇者は、最大級の敬意を込めてそう賞賛される。その競技内容は、聞くだけでもハードだ。1日目に行われるのは100m、走幅跳、砲丸投、走高跳、400m。2日目は110mハードル、円盤投、棒高跳、やり投、1500m。複数の種目をこなす肉体的負担は、相当なものだろう。しかし、池田大介は笑顔で答える。

photo

「いや、そんなに大変ではないですよ。全競技で高校生トップクラスの成績を出せば、メダルにも手が届く。そう考えれば、気も楽ですから」。2009年には日本選手権で優勝し、ベルリン世界選手権にも出場。日本歴代5位の7788点という記録を持つ池田は、自然体を崩さない。「トレーニングも全てつながっていて、ひとつの競技の成績が上がれば、全部が上がってくる。自分のポテンシャルを上げればいい。特に難しく考える必要はないんです」。

決して簡単なわけはないが、彼の話を聞くと、そんな気持ちになるから不思議だ。それだけ、池田には余計な「力み」がない。それは競技と無関係ではないだろう。「十種競技は“競技をしない時間”の方が長い。だから肉体的疲労より、キツイのは精神面です。競技後マイナスに考えるのでなく、『ここは良かった』と考えればしんどくない。能力だけでは勝負できない競技です」。頭の切り替えができて、前向きでなければこなせない。肉体的にも精神的にも成熟した者だけが戦うことを許された競技、それが十種競技なのだ。

規格外の運動少年

その境地にたどり着くまで、池田は長い時間をかけて肉体と精神を鍛えてきた。少年時代は野球選手に憧れていた池田だが、むしろその高い運動能力は他の競技、それも複数のスポーツで発揮されることになる。「小学校2年生の時に、スキーのアルペンの大会で優勝したんです。その頃は、水泳も県大会で2番ぐらいでした。その後、小学校4年生の時に100mの大会で優勝したのが、初めて出た陸上競技の正式な大会だったと思います」。その頃から池田は俗に言うスポーツ万能少年だった。

photo

中学校でも池田は、1年生の時に走高跳の県大会で優勝。そのまま中学生の大会、ジュニアオリンピックで優勝という結果を残す。そして池田は中学3年生で、三種競技(混成競技は中学生対象の場合三種目となる。現在は四種目)のA(100m、砲丸投、走高跳)とB(砲丸投、走幅跳、400m)の両方優勝を達成。史上3人目の快挙であるが、当時の池田はまだ十種競技に対するこだわりを持ってはいなかった。

「その時はどれでも勝てたから、色々やっていました。陸上競技をやっていた姉がジュニアオリンピックに出て、東京に行けるのが羨ましかったからやっていたようなものですね。キリのいいところで、興味のあった走幅跳に転向しようと考えていました」。次第に陸上競技にのめりこんでいった池田だが、まだ競技そのものの奥深さには気づいていなかった。しかし、それまで順調だった池田も、高校で大きな壁にぶち当たることになる。


プレッシャーを乗り越え理想の選手へ

吹っ切れた瞬間

地元の鳥取を離れ大阪へ引っ越したことが精神的負担にもなったのか、高校入学以降、それまで順調に伸びていた池田の記録が伸びなくなった。「高校1年では八種競技(混成競技は高校生男子の場合八種目となる)でインターハイにも行けず、2年生の時は世界ユース陸上(18歳未満の世界選手権)の日本代表に選ばれたものの結果はボロボロ。人生初のスランプに陥り、泣きながら高校の先生に電話したこともありました」。競技生活で初めて経験する不調に苦しむ池田。しかし、ひとつの出来事をきっかけに心は解放される。

「世界ユースの直後、高校2年生の秋に世界ジュニア陸上(20歳未満が参加する世界大会)の予選で十種競技に出場した時、『もういいや』と遊び程度の気持ちで出たんです。すると、いきなり高校歴代でも上位の記録が出た。『こんな気持ちでも記録が出るのか』と思えたのが、変わったきっかけですね」。それまで全競技に全神経を集中させていた池田だが、“単独種目の選手にはかなわない”と受け入れた時から、心に余裕が生まれたのだった。

「砲丸投や走高跳などは、競技をそれだけに絞れば勝てると思っていた。だから、単独種目の記録とも戦っていたんです。でも、十種競技は十種目もある。楽な気持ちで戦えばいいのだと思えるようになりました」。吹っ切れた池田は、18歳で高校歴代3位の記録を樹立。それはプレッシャーを克服し理想の精神状態にたどり着いた、彼の成長の証でもある。

各世代で優勝し日本のトップ選手へ

その後、日本大学に進学した池田は日本のトップを走り続けてきた。日本学生陸上選手権(インカレ)の十種競技で2連覇。大学4年生時の日本選手権ではケガで結果を残せなかったが、大学院生として臨んだ翌2009年は、見事に日本選手権を制覇。ベルリンで開催される世界選手権への切符を掴みとった。そして、初出場した世界選手権で自己ベスト更新という、大舞台での強さも発揮してみせたのだ。

photo

その結果が認められ、富士通入社への道が開けた池田。「以前から、富士通の選手やコーチの方々と仲良くさせてもらっていて、世界選手権の帰りの飛行機で木内コーチ(日本代表コーチ・当時:富士通陸上競技部総監督)に『お話があるのですが』と言ったんです。そうしたら、『何も言わなくていい。書類を送ってこい』と言われて。現在の日本陸上界で富士通はトップ。まさか僕が入れるとは思っていなかったので、うれしかったですね」。

日本の十種競技界で、中学王者、高校王者、大学王者、日本王者と各世代で優勝を経験してきたのは池田ひとりだけだ。しかし、そんな偉業達成にも本人は、「特に何もないです(笑)」と笑顔で答える。「中学校時代に優勝した選手が、そのまま日本の王者になるのがひとつの理想の形。僕には、そのチャンスがあったから実現できただけです。みんなの期待と応援があってこそ、達成できたものだと思っています」。


真の“キング・オブ・アスリート”の意味

日本代表よりも重い富士通の看板

富士通入社1年目の今年、日本選手権はケガの影響もあり、4位に終わった。しかし、池田は結果を前向きに受け取っている。「ベストではない状態で目標の点数が獲れたので、まだいけると再認識できたし、改めてやる気になりました。この上に行くために、どんな練習が必要か明確になりつつあるので、考えを変えるいい機会になったと思います」。

ただ、日本選手権で初めて表彰台の3位以内から外れたことは、本人にとって大きなショックだった。富士通の選手としても、結果を残さなければならない責任を感じている。「富士通の選手というのはプレッシャーになりますね。チーム内の選手が強いし、今は自分だけ結果を出せていない負い目もあります。出した結果に対しても、『これで十分なのか』と悩む。気分的には日本代表の方が、富士通の選手という立場より気楽かもしれません」。

しかし、「富士通に入ったのはロンドンオリンピックに出るため」と断言する彼に迷いはない。「周りからも『オリンピックや世界選手権などの大きな舞台では強いから』と言われているので、出場できればこっちのもの。終わり良ければ全て良し、の気持ちで頑張りたい」。そして目指すのは、日本人の十種競技選手が今まで誰も到達したことのない、8000点という記録である。「8000点は出さなければならない記録だと思っています。何でもトップに立ちたい気持ちもあるし、負けず嫌いなところもある。難しいという前提はあっても、全部勝つという理想を常に追い求めて、いけるところまでいきたい」。

尊敬される“キング・オブ・アスリート”を目指して

オリンピックや世界選手権で結果を出すことは、もちろん大きな目標だ。しかし、十種競技という特殊な競技は、成績だけで語られるものでもない。十種競技に出場した選手は全競技終了後、順位に関係なく全員でトラックを周り、観客から拍手を受ける。まるで全員がヒーローであるかのように。池田は語る。「十種競技は世界選手権やオリンピックで唯一、優勝していない選手がウィニングランできる競技。それだけ、世界中で認められている競技なんです」。

photo

競技の神髄を追及する池田は、十種競技の原点を論文で調べたそうだ。「古代オリンピックの文献などを見ていると、専門的な競技の選手より『五種競技の選手は素晴らしい』といった記述が出てくる。人間にとって“万能”が一番重要なことで、色々な人とコミュニケーションをとり、勉強もできて、スポーツもできる。そんな人間の育成を、古代ギリシャは重要視していたそうです」。だから、十種競技を志す人間は人々に尊敬され、全員でのウィニングランが認められるのだ。

池田があえて十種競技を続ける理由もそこにある。「十種競技を続けているのは、『十種競技がやりたい』から。自分がベストを出して、成長していく部分が大事。ステップアップしていく自分が好き。そういう風に人間は学んでいかなければならないと、論文にも書いてあった。最終的には、自分を成長させるためにやっているのだと思います」。単なる一流のアスリートではなく、多くの人から尊敬される“アスリートの王様”を目指して。その階段を一歩ずつ登りながら、自身を高め続けること。それこそが池田にとって十種競技を続ける理由であり、自身の存在意義なのだ。


プロフィール

池田 大介

池田 大介
(いけだ・だいすけ)

プロフィール詳細はこちら


池田選手のサイン色紙を3名にプレゼント!

応募する

[締切] 2010年10月15日(金) 12時まで

※当選者の発表は発送をもって代えさせていただきます。
※個人情報の管理はニフティ株式会社が代行いたします。

池田選手あれこれ

  • 富士通の中で仲がいいのは競歩の森岡選手、川崎選手や、新人仲間の鈴木選手、堀池選手など。特に競歩メンバーからは休日に寮まで呼び出されたりするそうで、都内の自宅から寮まで1時間以上かけて遊びに行くそうです。
  • ちなみに、競歩のメンバーと何をして遊んでいるんですか?「ご飯を食べに行ったりする事が多いですが、この前はハンディをつけて競歩で勝負もしましたね。川崎さんがびっくりするぐらい速く歩きますよ!十種競技に競歩があったら、より世界に近づけると思います(笑)」。
  • 休みの日は何をされているんですかの質問に、「主に寝ています」。じゃあ趣味は?「趣味は特にないです。気が向いた時の料理ぐらいですね。そのうちオーブンを買って、パンを焼いてみたいと思っています。昔からピザは強力粉からこねて作っていたんですよ。トマトソースも作るなら、ホールトマトを買うんじゃなくて、トマトを切るところからやりたい」と、かなりのこだわり派。
  • 練習は何時間やっても苦にならない、という珍しい?タイプの池田選手。「時間にしばられるのが嫌なので、夜の12時を過ぎても練習している時もあります。長い時は3日連続で、グラウンドに12時間いたこともありますね。あと大学3年の時、すごく調子が良くて毎日練習していたら、蕁麻疹が出たことがあったんです。病院に行ったら、『たぶん疲労ですね』って言われました(笑)」。
  • 果物が大好きという池田選手。「さくらんぼとか桃が好きですね。特に好きなのは“スイカ”。鳥取はスイカが有名で安いんですよ。試合中もスイカを食べています」。スイカって栄養あるんですか?「栄養っていうより、おいしくないですか?本当においしいやつは、歯ざわりが違うんですよ。シャキッとしていて下まで甘い。しかもデカいんです。」と、やっぱりかなりのこだわり派。
  • そんな果物大好きな池田選手に、夢を聞いてみました。「当面の夢は、果物の食べ放題に行くことですね。来年の世界選手権、次のロンドンオリンピックも頑張って結果を出して、山梨とか山形にさくらんぼ狩りとか行きたいです」。夢が実現するよう、応援しましょう!

取材・文/NANO Association

富士通直販サイトWEB MARTにて、FMVパソコン好評販売中!

FIELD EYE

FIELD EYEとは?

観客席から観ただけでは決して感じとる事のできない選手ひとりひとりのストーリー。

陸上への想い、悩みや葛藤、そして素顔の部分など、選手自身の言葉で語っています。

今後もFIELD EYEでは選手に密着取材し、富士通陸上競技部の選手を紹介していきます。