富士通

 

  1. ホーム >
  2. スポーツ活動 >
  3. 富士通陸上競技部 >
  4. FIELD EYE(村上 康則)


陸上 富士通陸上競技部


FIELD EYE 村上 康則
悲願の日本一。そして大いなる自信へ

悲願と安堵の日本選手権初優勝

6年間のチャレンジ

2010年6月5日、日本選手権1500m決勝。レースを前に村上康則は、確かな手応えを感じていた。「決勝は開き直れるので、予選より気持ち的には楽です。精神的な余裕もあったし、自分の走りをしようと思いました」。運命のピストルが鳴り、12選手が一斉にスタートする。村上は集団中盤から先頭を伺いながら、勝負の時を待った。「レースを作るのは上野選手(エスビー食品)だと思っていたので、彼の動きを見ながら落ち着いて走っていました」。

残り1周で4番手につけた村上は、徐々にスピードを上げて勝負に出る。「スパートをかけた時は、ラストに強い上野選手と小林選手(NTN)の2人だけを確認しました。残り300mぐらいで井野(富士通)も表情が良かったので、最後に優勝を争うかなと思いましたね。何故かすごく冷静でした」。

激しい先頭争いの中、最終コーナーをトップで抜け出したのは村上。「ラスト100mぐらいで『勝った』と思いました」。苦しい表情を浮かべながら村上は、誰よりも速くホームストレートを駆け抜け、そのままフィニッシュ。大学4年の時に初めて日本選手権に出場して、今年は社会人5年目の年。足掛け6年間にわたるチャレンジの末に勝ち取った、悲願の初優勝だった。村上は激戦を振り返る。「優勝して嬉しいというより、ホッとした感じです」。

ようやく掴んだ日本一

村上がそんな気持ちを吐露するのも理解できる。日本トップクラスの中距離ランナーとして大学時代から日本選手権に出場し続けている村上。だが、日本一への道は遠かった。「最高成績は、大学4年生と社会人1年目の時の2位。当時から優勝に届く感覚はありましたが、なかなか勝てなかった。怪我をしていた社会人2年目の時は、痛み止めを打って無理やり走ったこともあります」。昨年の大会も、世界選手権出場がかかっていただけに必勝の思いで挑んだが、結果は惨敗。「去年は気負い過ぎて、練習をやり過ぎてしまった。調整に失敗して5位と、全然ダメでした」。

photo

だから、今年は綿密な計画を立てて、大会に臨んだ。「ここ1年は駅伝も走らず大会に集中してきました。昨年12月の東アジア競技会で、上野選手に勝てたのも自信になりましたね」。試合直前は、昨年の失敗を教訓に身体を仕上げた。「今回一番注意したのは調整です。大会前は、ほとんど何もやらず休む感じで、1週間前からジョギングだけにして大会を迎えました。予選で身体に刺激を入れれば、決勝は動けるだろうと思っていました」。その作戦は、見事に本番でハマッた。結果は悲願の大会初制覇。

「富士通入社以降、ずっと優勝できなくて、今回やっと勝てました。とにかく『ホッ』とした気持ちが強かったので、優勝後はガッツポーズもしていないと思います(笑)」。確かに、レース直後の村上の顔は、歓喜よりも勝利の安堵と充実感に満たされていた。それは、長年にわたって苦労と努力を積み重ねた男の、正直な気持ちが表れた表情だった。


諦めないことで出してきた結果

よく走るバスケット少年

日本選手権への取り組みのように、村上は今まで地道な努力を続け、一歩ずつ階段を上ってきた。村上が陸上競技を始めたのは中学1年生の時。当時はバスケットボール部に所属していたが、その頃から「対戦相手の監督から『よく走るね』と言われた(笑)」ほど、足の速さと持久力は抜きん出ていた。そして、その才能に目をつけた陸上競技部の先生から「駅伝に出ないか」と誘われた。

その時走った駅伝で、区間は違ったものの県でトップだった選手のタイムに3秒差という好記録を残した村上。走ることの魅力に気付いた村上は、その後も陸上競技を続ける。「それから3年間駅伝をやって、県大会で2位、東北大会にも出場できました。そして3年の時、陸上競技部の友達から駅伝の強豪校である福島県立田村高校に一緒に行こうと誘われ、行くことにしたんです」。

田村高校に進んだ村上は、厳しい練習をこなしながら、徐々に長距離ランナーとして力をつけていく。おかげで、1年時には平凡だった記録も、2年次の冬には部内でも上位の選手となっていた。この頃、周囲から勧められ、中距離にも挑戦し始めた村上。「練習でも短い距離のほうが得意だったので、3年の春先から5000mと1500mも走るようになりました」。インターハイでは1500m入賞の成績を残すが、それでも駅伝をやめなかった村上は、「箱根駅伝を走りたい」という理由で順天堂大学進学を決める。そこでその後の人生を決める出来事が起こった。

1500mとの出会い

「駅伝を走りたくて大学へ進んだので、最初は5000mや10000mに出ていました。だから、1500mはやっていませんでした」と語る村上。しかし、大学2年の時に大きなターニングポイントがやってきた。「たまたま出た順天堂大学記録会の1500mで、3分50秒フラットぐらいのタイムが出て関東インカレの標準記録を切ったんです。そこからですね」。それから村上は、全国レベルで結果を残し始める。

photo

最終的に、箱根駅伝を4年連続で走った村上は「やりきった」と感じ、以降は1500mに専念することを決める。「富士通に入る時には、1500mで日本記録を出したいと思い始めていました。実業団で1500mをやらせてくれるところは少ないのですが、福嶋監督にも応援していただけたので、迷わず入社を決めました」。

続けるのが難しいながらも1500mを選んだ村上は、競技の魅力をこう語る。「やっぱり駆け引きですかね。出入りなど、走りながら考えたりするのがすごく楽しい。見る側にとっても、残り300mぐらいから誰がどこでスパートするか見ていると、すごく面白いと思います」。

富士通陸上競技部に入った後の苦労は前述した通りだが、村上は自分の競技人生に納得している。「挫折もないですし、やめようと思ったこともありません」。競技そのものを楽しみ、諦めず継続することで結果はついてくる。彼の生き方からは、そんな教訓が伺える。


自信を胸に次なる世界へ

目指すべき次のステージ

photo

念願の日本選手権制覇を達成した村上だが、これがゴールではない。「今大会の記録は3分45秒76。勝負に徹したので、タイムとしてはかなり遅い。今年の6月からヨーロッパで4試合をこなしてくるので、日本記録を狙っていきます。3分36秒台の記録を狙いたい」。

今後は海外での活動も視野に入れている。「アジア競技大会の代表に選ばれたので、出場するからには入賞したいと思っています。もちろん、日本人最高位はいきたいですね」。そして、その先は世界だ。

「2011年のテグ世界選手権にも出場したいとは思っていますが、出るまでが大変。参加するには、少なくともB標準(前回大会のベルリンでは3分39秒20)を切らないといけません。今年の10月以降に参加標準記録を狙うレースがあると思うので、そこで出すしかない。そこで出なかったら、翌2011年の春から狙おうと思っています」。すでに村上の目は未来を見据えている。

自信を胸に世界へ

競技者として世界最高の舞台に立ちたいという夢もある。「やはり最終的にはオリンピック出場を目標にしています」。出場するには厳しい参加標準記録をクリアしなければならない。だが村上は、決して諦めない。「まずはタイムを出さないと連れていってもらえない。今後は練習の質を上げたりして、記録を伸ばしていきたいと思います」。

高い壁ではあるが、村上は清々しい表情で語る。「世界に向けて、今年の日本選手権は自信になりました。勝ったので、気持ち良くスタートできます」。念願の日本一を手にした今、村上は新たな目標へ向けて走りだした。大いなる自信を胸に。


プロフィール

村上 康則

村上 康則
(むらかみ・やすのり)

プロフィール詳細はこちら


村上選手のサイン色紙を3名にプレゼント!

応募する

[締切] 2010年7月20日(火) 12時まで

※当選者の発表は発送をもって代えさせていただきます。
※個人情報の管理はニフティ株式会社が代行いたします。

村上選手あれこれ

  • 同じ富士通陸上競技部に所属する井野選手は、大学も同じ順天堂大学の後輩。「井野は2つ下なので、先輩・後輩は意識しますし、たぶん向こうもしていると思います。僕に勝ちたいと思っているでしょうね」。ひょっとして仲が悪いとか・・・。「仲はすごくいいですよ。今回の日本選手権が終わった後も、『おめでとう』と祝福してくれました」。
  • 得意な展開などありますか?「僕は最初からハイペースな展開が得意ですね。そこまでスピードがあるわけではないので、スローから速くなるよりは、最初から速い方がいいです。最後までスピードも持久力も持つ方なので、できればハイペースで進んでもらった方が、勝率は高いですね」
  • 休みの日は「8月で3歳になる娘がいるので、家族と過ごします」という村上選手。一般種目キャプテンの田野中ファミリーとも仲良し。「家が隣の隣ですからね」。他にも何人かの選手で出かけたりするそうです。「中距離の人がダーツをやるので、近くのダーツバーとかにも行きますね。マイダーツを持っている選手も多いですよ」。ちなみにうまい方ですか?「僕は真ん中ぐらい」
  • 好きな食べ物は「天ぷら」とのこと。「中でもかき揚げが好きですね」。奥さんも作ってくれるんでしょうか?「体のことを考えてくれているので、あまり作ってはくれませんが、料理はだいたい何でも美味しいです。野菜炒めとか美味しいですね」。
  • 今まで印象に残っているレースは?「自己ベストを出した時が、海外の試合だったんですけど、最後まで速いペースについていってゴールできたので、すごく気持ち良かったです」。でも、その時は4位で、他の選手と横一線だったとのこと。うーん、世界の壁は厚いですが頑張ってください!

取材・文/NANO Association

富士通直販サイトWEB MARTにて、FMVパソコン好評販売中!

FIELD EYE

FIELD EYEとは?

観客席から観ただけでは決して感じとる事のできない選手ひとりひとりのストーリー。

陸上への想い、悩みや葛藤、そして素顔の部分など、選手自身の言葉で語っています。

今後もFIELD EYEでは選手に密着取材し、富士通陸上競技部の選手を紹介していきます。