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陸上 富士通陸上競技部


FIELD EYE 藤田 敦史
集大成への挑戦〜自分の殻を破りボロボロになるまで

人生を捧げる陸上との出会い

苦手だった運動へ興味を向けさせたもの

「今年は先入観や固定観念を一度壊して、自分の殻を破る1年にしたい」。富士通入社11年目、チーム最年長の長距離エース藤田敦史は、こう今年の目標を設定した。箱根駅伝でスターとなった藤田は、2000年のマラソン日本記録(当時)樹立を経て、33歳のベテランとなった今なお貪欲に挑戦を望む。目指すは2年後に控えるロンドン五輪。全ての思いを、この大会にぶつけるつもりだ。陸上競技に捧げてきた人生の集大成として。

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スポーツ選手と言えば、幼少の頃から何かしら運動が得意だったというのが通例だろう。しかし藤田は「小学校の時から体育が全然ダメでした。走るのもあまり好きではなくて、足も速くなかった」という。そんな彼に転機が訪れたのは中学校2年生の時。校内で行われたマラソン大会で3位に入り、それが体育の先生の目に留まる。

藤田にとって、人から褒められたことが大きな自信となった。「最初は走るのも嫌でした。でも、人生で初めて運動で認めてもらえたのが嬉しかった」。その後、出場した駅伝大会で区間賞を獲った藤田は、陸上競技の楽しさにハマっていく。きっかけ次第で人間は変わることができる。その典型ともいえるような陸上競技人生のスタートだった。

恩師との出会いと箱根駅伝の記憶

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陸上競技部の強い高校を選び進学したものの、その頃は「走ることを職業にしようなんて1%も思っていなかった」という藤田。高校では県大会レベルの実力に留まっていただけに、その考えも当然かもしれない。だが、進学した大学で最も影響を受ける恩師に出会う。駒澤大学陸上競技部コーチ、大八木弘明氏(現 駒澤大学陸上競技部監督)との出会いだった。

「大八木コーチに出会って自分自身の中で意識改革が起きたんです。例えば、明日の朝練習のために夜何時に寝るとか、些細な部分に気をつけないと強くなれないと教わりました。練習の質も上がりましたが、自分の中で競技者として意識が高くなったのが一番大きかったですね」。大学入学当時は、「箱根駅伝でさえオリンピックのようなレベル」と感じていた藤田だが、この意識改革をきっかけにどんどん力をつけていく。

そして、強豪駒澤大学のエースとして出場した4年生時の箱根駅伝で、第4区の区間記録を更新。その記憶を藤田は「今振り返れば良い思い出ですけど、当時は必死でした。ただ、結果を出すほど褒めてもらえるので、面白くてしょうがないのはありましたね」と振り返る。日本中に存在を認められた若者は、晴れて希望溢れる陸上競技の世界へと足を踏み入れた。


成功と苦悩を味わい気付いた初心

富士通入社1年目の活躍

注目新人だった藤田には、かなりの数の企業が勧誘に訪れた。その中で、本人が選んだのは富士通。決め手になったのは、当時現役だった福嶋正氏(現富士通陸上競技部監督)の人柄だと言う。「福嶋監督の人柄や人間性にすごく魅かれていましたので、もし企業でやるなら福嶋監督のところでやりたいと思い、富士通に決めました」。

そして、その選択が正しかったことを藤田は入社1年目から証明する。2000年1月1日のニューイヤー駅伝アンカーとなる7区を走り、富士通は悲願の初優勝を達成。さらにその年の福岡国際マラソンでは、2時間6分51秒の日本記録(当時)を樹立と、最高の結果を残した。「当時の富士通にはすごい選手が揃っていたので、強いチームでやれる期待感と、結果を出さなければいけないプレッシャーが常に同居している感覚でした。1年目はわけもわからずやっていた感じですが、満足していますし、大きな分岐点にもなりましたね」。

しかし、入社1年目でアンカーとして駅伝優勝のゴールテープを切った藤田の中には、未来への不安も生まれていた。「逆に1年目で上手くいきすぎて、怖くなった部分はあります。この後が大変だなという気はしていたのですが…」。その心配は現実のものとなっていった。

自身を成長させた苦悩

その後、藤田は幾多の怪我に悩まされることとなる。目標とするオリンピック出場も選考レースで実力を発揮できず、精神的に追い込まれていった。中でも特に大きかったのが、2004年アテネオリンピックに出場できなかったことだ。「アテネは、ちょうど年齢・経験的に脂がのってくる27歳で、最も出場を狙っていたオリンピックだった。でも、故障で予選のスタートラインにすら立てなかった。陸上を続けてきて初めて、『しばらく走りたくない』と思いました」。

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約1カ月の間、練習から離れた藤田が出した答えは『原点回帰』。母校の駒澤大学に拠点を移し、大八木監督のもとで、再びトレーニングに励むことだった。そして恩師の言葉に救われる。「その時に『俺も本気でやるからお前も本気でやれ』と言われて、心に響きました。本気と本気のぶつかり合いが、僕にとって自分を見つめなおすきっかけになった」。

その後4年間、駒澤大学でトレーニングを続けた藤田。残念ながら、目指していた2008北京五輪も選考レースで思うような走りができず出場は叶わなかったが、本人は納得した表情で語る。「結果だけ見ると、あまり良くなかったかもしれませんが、僕自身は非常に充実した4年間を送ることができたと感じています。初心に返り、純粋に競技に取り組めるようになった。その4年があるからこそ、今の自分があると思います」。

その時間は、ランナーとしての藤田を成長させるために、必要な時間だったのだ。そして、円熟期を迎えた藤田の心に、前進する力と充実感を与えたのが、共に走る富士通陸上競技部の仲間たちだった。


自分の殻を破って成長を

挫折を支えたてくれたチームメイト

北京オリンピック出場の夢に破れた藤田。彼にとっても当時、この出来事は大きなショックだったが、それを富士通陸上競技部の仲間が救ってくれた。「北京に出られず2008年4月に駒澤から千葉にある富士通陸上競技部の寮に戻ったのですが、帰ってきた時にチームメイトがすごく温かく迎えてくれたんです。『これから一緒に走れるのが嬉しい』と言ってくれて、違和感なくチームに溶け込めました」。それまで一人で練習に没頭してきた藤田にとって、仲間の歓迎は何より嬉しかった。

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そして仲間と共に藤田は、2009年ニューイヤー駅伝に出場。富士通はゴール前の大激戦を制して、9年ぶり2度目の優勝を果たした。藤田はその記憶を興奮気味に語る。「本当に嬉しかったですね。2000年の優勝経験者が僕だけになって、勝ち方を後輩にも伝えたいと思っていたので、そういう意味でも嬉しかった。僕の競技人生の中でも素晴らしい1日になりました」。個人の喜びよりも、チームに勝利を還元できたことが喜び、そう藤田は語った。

そして、2年連続制覇を目指した今年の2010年大会。最終順位こそ3位に終わったが、若手の成長などチームとしての団結力を感じられるレースになった。藤田も大会を「優勝するのが1番ですが、力がある程度ついてきましたし、上出来とも言える結果だと思っています。昨シーズンは個人で目立った活躍はできませんでしたが、駅伝に関して言うと合格点をあげられる、次につながる結果だったと思います」と、今後に期待を寄せた。

ボロボロになるまで前へ

富士通入社11年目を迎える今季、藤田はキャプテンに任命された。これからも、チームとして個人として、藤田は上を目指す。「ニューイヤー駅伝では他のチームも強いですが、優勝を目指して良い戦いをしたい。そのためには毎日練習が必要なので、キャプテンとし頑張りたいです。また個人では、今年の12月から来年の世界選手権の予選が始まります。最終目標はロンドンオリンピック。年齢的にも本気で目指せる最後の大会になると思うので、どんな道を通っても最終的にロンドンに辿り着きたいと思っています」。

そんな藤田の今年の課題は、「自分の殻を破ること」。「今年で34歳になるので、競技に対する考えも固まりつつあるんですよね。でも、そんな考えを一度リセットし、頭を柔軟にして新しいことにチャレンジする1年にしたい」。ベテランでチーム最年長の藤田。だが、陸上競技にかける熱意は誰よりも強い。

藤田は、自身の今後について語る。「まだこうなりたいっていう目標がある限りは、頑張ることができる。その向上心が無くなった時が引退する時かなと思っています。ボロボロになるまでやらないと気が済まないし、そこまでやれたら満足できるんじゃないかなと思います」。どんな困難に直面しても、藤田は自身の意欲が続く限り未来へと走り続ける。


プロフィール

藤田 敦史

藤田 敦史
(ふじた・あつし)

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藤田選手あれこれ

  • 一部ではB'z好きで有名な藤田選手。「歌ったり、ライブに行ったりもします。本当にB'z一色ですね」と断言。「普段からテレビはあまり見ないのですが、常に部屋では音楽をかけています。遠征にも『iPod』や、スピーカーを持っていきますね」。
  • では、試合前の勝負歌とかありますか?「前はありましたが今はないです。最近はなるべく先入観をなくそうと心掛けているので、色々自分の中で改革を起こしている最中ですから」。今季にかける思いが伝わってくるようです!
  • 食べ物で好き嫌いはありますか?「基本的に嫌いな物はないです。好きな食べ物は、そばですかね」。意外とあっさりな感じですが、試合前に食べるような物はあるのでしょうか?「よくカステラを食べますね。消化が良くてすぐエネルギーになるので試合前は必ずといっていいほど食べます」。
  • オフの日は「買い物に出かけたり、車を運転するのが好きなのでドライブに出かけたりします」という藤田選手。「特別に仲良しの選手はいないですが、みんなと仲がいいですよ。以前は一人暮らしでしたが、この寮に戻ってきてから抜くところは抜いて、力入れるところは入れてと、生活にメリハリがついてきた。だから、チームメイトにはすごく感謝しています」。仲間を大切に思う藤田選手でした。

取材・文/NANO Association

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観客席から観ただけでは決して感じとる事のできない選手ひとりひとりのストーリー。

陸上への想い、悩みや葛藤、そして素顔の部分など、選手自身の言葉で語っています。

今後もFIELD EYEでは選手に密着取材し、富士通陸上競技部の選手を紹介していきます。