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女子バスケットボール 富士通レッドウェーブ


月刊RedWave増刊号 船引まゆみ卒業スペシャル

「一緒に育った富士通レッドウェーブが大好き。この思いを受け継いでチームを愛して欲しい(船引)」

船引まゆみが、富士通レッドウェーブにやってきたのは2001年のことだった。あれから10年。船引や数々の名プレーヤーと共に成長を遂げたチームは、オールジャパン3連覇、Wリーグ初優勝と栄光の歴史を積み上げてきた。そして2011年、「役目を終えた」と感じた船引まゆみは引退を決意した。4月からは地元北海道にある母校、札幌山の手高校の教員となる。
小学校4年生でバスケットボールを始め、札幌山の手高校から、愛知学泉大学に進みインカレ4連覇を経験。富士通入社後は不動のスタメンとして活躍し、2008年北京五輪最終予選にも日本代表として出場。そのアグレッシブで闘志溢れるプレーは、最後まで諦めない大切さを教えてくれた。女子バスケットボール界を代表するプレーヤーだった船引は、また新たな一歩を今、踏み出す。

Talk01 自分を初めて認めてくれた先生

思えば、これだけ長く船引まゆみのプレーを見られたことに、感謝するべきなのかもしれない。3歳上の姉・かおりの影響でバスケットボールを始めた船引だが、今まで何度も、選手とは別の道を考えてきた。その引退に至る10年間を、彼女はゆっくり語り始める。

写真:船引まゆみ

「引退の経緯について話すと、かなりさかのぼる事になりますね。私、小学校の時にクラブがすごく厳しかったので一度バスケットをやめているんです。でも中学校で、仲のいい友達と一緒にバスケット部に入ったら、初めて私を認めてくれる先生に出会った。その時、“いずれ私も先生になりたい”と思ったんです」。そこで初めて、船引は教師という職業を意識した。しかし、やがて彼女の選手としての才能が開花し、全国的に注目されるようになった。

「中学校時代、私がキャプテンで練習メニューや戦略なども決めていて、全国大会に出場できた。それで、強豪の札幌山の手高校から声がかかったんです。その後、高校卒業後は教師になるため教育大学に行くつもりでしたが、愛知学泉大学から誘われて、山の手高校の上島先生に『全国で一番強い大学から声がかかるなんて滅多にないんだから』と進学を勧められた。それに私が高校3年生の時、先に愛知学泉のバスケット部に入っていた姉(船引かおり)がバスケットのことで悩んで、泣いて電話をかけてきたんです。それまでは“何か気取っているな”って感じで嫌いだったんですが、『姉ちゃんでも挫折するんだ』と思って打ち解けた。それで、一緒にプレーしたくなって進学を決めました」。

それ以降の活躍は、よく知られるところだ。船引姉妹がいた頃、愛知学泉大学は無敵を誇った。船引は在学中、インカレ4連覇を達成する。「4年間負け知らずで本当に楽しかった。でもその分厳しくて、自分の中でも燃え尽きていたんです。だから、卒業後は山の手高校に先生として戻るつもりでした。でも、大学の木村先生に『1年でもいいから社会人リーグに行け』と言われ、お母さんからも『バスケットをしている姿を見るのが、私の生きがいだから』と言われた。それで、選手としてもう1年だけ続けようと思ったんです」。

写真:船引まゆみ 写真:船引まゆみ

その時、頭に思い浮かんだのが姉の顔だ。「もう1年続けるなら、姉と一緒にやりたいと思って富士通に行くことを決めました。当時、チームはWリーグ2部でしたが、他の1部チームみたいにプレースタイルが決まっていなかった。だから、私たち姉妹で自由にプレーできるチームを選んだんです」。こうして、富士通レッドウェーブと船引の長い歴史が始まった。

Talk02 10年後の両思い

入部初年度から船引は、姉のかおり、同期入社の三谷らと共に活躍。チームは1部昇格を果たす。そして、1年で引退を考えていた船引もそこから考えを改めるようになった。「2部で終わるのは違うと思って、1部でもう1年やろうと思ったんです。そうしたら、それからどんどんチームが強くなって、バスケットが本当に楽しくなってきた。“いくら叩かれても這い上がる”という自分の“スピリッツ”に改めて気づいたんです。実は、入部4年目の2005年にも山の手高校に先生として戻るチャンスが一度ありましたが、まだ続けたいと思ってお断りさせていただきました」。

写真:船引まゆみ
写真:船引 まゆみ

教師になる目標を諦めた船引。その決断はひとつの形になった。「その次のシーズンに自分がキャプテンになり、2006年のオールジャパンで初めて優勝したんです。もう、何がなんだかわからず、“優勝ってこんなに嬉しかったっけ?”ってぐらい嬉しかった(笑)。その翌年もオールジャパンで2連覇を達成して、ベスト5をいただきました。個人的には、この年がベストシーズンでしたね。その翌年には念願のWリーグ初優勝と、オールジャパン3連覇。個人賞はもらえませんでしたが、姉がベスト5に選ばれて、その事が自分のことのように嬉しかった。あの頃が、私の全盛期だったと思います」。

しかし、その頃からベテランとして船引は、現役を退く時のことも考え始める。「引き際を考えるとしたら、一線でやれなくなるか、大きな怪我をするかだと考えていたんです。でも、岡里ヘッドコーチに変わった去年も、スタメンで出してもらえた。9年間ずっとスタメンで怪我もなく、出ない試合はなかったんですよね」。

だから、10年目を迎えた今シーズンの開幕戦で、スタメンから外れたことがきっかけになった。「怪我でもないのに1分も試合に出なかったのが初めてで、それから自分の中で“私はチームに必要な選手なのだろうか・・・”と思い始めた。でも、そこで改めて『今まで9年間、試合に出られなかった先輩・後輩たちが私を支えてくれていた』と、本当に実感できたんです。だから、まだやめられないと思った」。逆境はさらに、船引の精神に火をつけたのだ。

しかし今シーズン途中、昨年12月末のウィンターカップで人生を大きく変える出来事が起こる。「大会が終わった後、山の手高校の上島先生に呼ばれて『先生として来てもらいたい』と言われたんです。それを聞いて、嬉しかった。今まで多くの選手を送り出してきた上島先生が、他ではなく自分に声をかけてくれたのが感無量で。本当は、もう1年やるつもりでした。でも、いつも「頑張れ」しか言わない母にも『上島先生は10年間待って、あなたを選んだのよ。その時に助けてあげられなくてどうするの』って言われて決めたんです」。

その母の一言で、船引は引退を決めた。お世話になった人たちにまだ何も言っていないのに、急にやめるのは申し訳ない。そんな葛藤の中でも決断したのは、10年間思い続けてくれた恩師の想いに報いたい、なんとも彼女らしい理由からだった。

Talk03 「自分の選択に納得して、すがすがしい気持ち」

船引が引退の決意を伝えた時、共に10年間チームを支えてきた#1三谷は、「そっか…、もう節目だね」と涙を浮かべ抱きついてきた。船引を“私の精神安定剤”と慕う#22立川は、「やめたくなくなるように絶対に優勝する」と誓ったそうだ。

写真:船引まゆみ

しかし、残念ながらチームは今シーズン、オールジャパンでは決勝までコマを進めながら、JXサンフラワーズ(以下、JX)相手にわずか5点差で敗れ準優勝。さらにWリーグ プレーオフ・セミファイナルでは、またもJXと対戦し、2連敗を喫して敗退。ただ、最後の試合となったセミファイナル第2戦で船引まゆみは、第2Qのブザービーターや鬼気迫るドライブで、最後までJXを苦しめた。「タイトルを獲って有終の美を飾るのが理想でしたけど…」と、悔しさをかみ締める。

「でも、持てる力は全て出し切ったと思います。オールジャパンが終わった後、このまま続けていけるかなとも思いましたが、やっぱりダメだった。自分が思う選手像のままで終われないのなら、今が引き際だと思います。でも、今は自分の選択に納得して、すがすがしい気持ちです。悔いもありません」。

4月から船引まゆみは、母校である札幌山の手高校で、家庭科の教員、そしてバスケットボール部のコーチとして後輩の指導にあたる。「今後の自分の姿は、全くイメージできないですね。今年高校3冠を達成したチームですし、私は初めて指導する立場なので、不安に感じるのも恐れ多い。とにかく全力で取り組みたい。例えば、上島先生が“ご飯を出す人”なら、私がそれを噛み砕いて選手に120%吸収させてあげられるような、そんな存在になりたいですね」。

Talk04 船引まゆみの第二章

これで、船引まゆみのバスケット人生が終わったわけではない。むしろ、次のステップに向けた旅立ちなのだ。彼女は語る。「これからのことを考えると、わくわくする。できることなら、生徒たちの“お母さん”になりたい。高校生はバスケットだけじゃなくて、勉強も大事。地方から来ている子もいる。だから、いろいろケアしてあげたいと思います」。

写真:船引まゆみ

今シーズンで、船引まゆみはチームを“卒業”する。しかし、その鮮烈な記憶が色褪せることはない。「選手じゃなくなっても、“富士通レッドウェーブの船引まゆみ”を少しでも記憶に留めてもらえたら嬉しいです。7番は永久欠番にしてくれないかな(笑)」。船引は寂しそうな顔でおどけた。だが、誰も忘れることはないだろう。どんなに点差が開いても、諦めずに勝利を目指し続けた彼女の姿を。後輩の活躍を、まるで自分のことのように喜ぶ笑顔を。

バスケットボールをプレーしている船引は、常に真剣で頼もしく、そして何よりも楽しそうだった。「この10年間、たくさんの選手と出会い別れてきましたが、引退する時のメンバーに対しては気持ちもひとしお。優勝メンバーも最高だったけど、最後に一緒に戦ってくれたメンバーも私の中では最高だった。これからの人生でも、きっと思い出すのは、今の皆だと思う。富士通レッドウェーブを卒業して、これからはファンとして応援していくので、頑張って欲しいな」。

そして船引まゆみは、言葉を詰まらせながら、一言ずつかみ締めるように最後のメッセージを紡ぐ。「最後に、一緒に育ってきたこのチームが本当に大好きなので、選手たちもそれぞれがこの思いを受け継いで欲しい。そして、チームに関わるスタッフも、ファンの皆さんも、皆がもっと富士通レッドウェーブを愛してくれたら嬉しいです」。チームとファンを愛し、それ以上に誰からも愛されたプレーヤー船引まゆみ。彼女と過ごせた幸福な10年間に心から感謝して、「さよなら」ではなく、「行ってらっしゃい」という言葉を送ろう。

写真:船引まゆみ

ファンの方々へメッセージ

まだプレーすると思ってくださっていた皆さんには、本当に申し訳ないと思っています。ちゃんと挨拶できず、新たなステージに旅立つことをお許しください。10年間、2部の時代から温かく応援していただいて、本当にありがとうございました。優勝して喜んだ日々も、試合に出られないラスト1年も、『船引を見に来た』と言ってくれたファンの皆さんにたくさん勇気をもらって頑張ることができました。本当に、言葉にならない気持ちでいっぱいです。富士通レッドウェーブ7番、船引まゆみは卒業しますが、第二章の人生をまた応援していただけたら嬉しいです。今まで支えてくださって、本当にありがとうございました。

プレゼント

写真:サイン色紙プレゼント

今回登場した船引まゆみ選手のサイン色紙を3名様にプレゼントします!ご希望の方は、下記応募フォームから必要事項を記入の上ご応募ください。

締切:2011年4月8日(金)12時まで

※当選者の発表は、発送をもってかえさせていただきます。

※個人情報の管理はニフティ株式会社が代行いたします。

応募フォーム

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月刊RedWave

「月刊RedWave」とは?

コートで戦う選手たちだけでなく、舞台裏で選手を支えるスタッフやコーチ陣らとの貴重なコラボレーションによる、対談形式でお届けする「月刊レッドウェーブ」。

それぞれ違う立場から、チームへの想いや、相手への気持ちなど本音の部分を引き出します!