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アメリカンフットボール 富士通フロンティアーズ


FIELD EYE 高崎 康宏(#56 OL)
果たせなかった約束。勝ち取りたかった日本一

高校2年、突然、思い立ってアメリカンフットボール部に入部

高崎は埼玉県川口市で生まれ育った。中学では陸上部で短距離をやっていたが、それも何か部活に入らなければいけない、という学校の規則でやっていただけだった。部活中はよく顧問の先生の目を盗んで友人とサッカーしたり、遊んだりしていたそうだ。当時は痩せていて足も速かったが、運動神経は取り立てて良いわけでもなく、特に球技は苦手だったという。高校は、佼成学園に進学した高崎は部活には入らず、ファーストフード店でアルバイトするというように、どこにでもいる普通の高校生だった。そんな普通の学生生活を送っていた高崎だったが、ある日を境に生活が激変する。

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2年になって高校生活が少し退屈に思えていた高崎は休日に、突然「アメリカンフットボールをやってみたい」と思った。高崎はそのまま高校に行くと顧問の先生に入部希望を申し出た。顧問の先生はその場で「いいよ」と答えると、今後の日程表を渡してくれた。それまで高崎はTVでスーパーボウルを1回見ただけで、ほとんどルールも分からない。誰かに誘われたわけでもなく、突然、アメリカンフットボールをやってみたいと思ったのだった。「何か違うことがしたいなと思ったのと、刺激的なことをしたかったのかもしれない(笑)」。野球やサッカーでは高校から始めるのは難しい。しかし、アメリカンフットボールなら高校からでも始められるし、佼成学園は全国出場の経験もあった。「それなら自分もイケるかなと…」。

佼成学園は中学にもアメリカンフットボール部があり、その選手たちがそのまま高校へ上がっていた。そこへ高校2年生の途中から新入部員として入った高崎。「最初はかなり気まずかった」が、すぐに打ち解けることができた。当時は180cm、80kgの体型。ポジションは中学で陸上部だったこともあり、TE(タイトエンド)。しかし、球技が苦手な高崎はボールが捕れず、すぐにラインに回され、OL(オフェンスライン)とDL(ディフェンスライン)両方をやっていた。すぐに試合に出ることができ、最初の試合で相手のラインにぶつかって当たり負けなかったことで自信がついた。チームは高崎が2・3年の時は東京都大会で上位に進出することができず、3年生の最後は、現チームメイトのRB#30金を擁する日本大学鶴ヶ丘高校と対戦し、「金のインターセプト・リターンTDで負けた(笑)」という。


大敗からスタートした学生時代

大学では「ついていけないのでは」と迷ったが、結局、高校3年生の夏に日本大学のセレクションを受け、大学でも続けることを決めた。しかし、入ってみると当時の日大は上級生が少なく、1年生が試合に出なければいけない状態だった。その為、不安を感じる間もなく、「ひたすら必死で練習していた」と高崎。春のオープン戦では2部のチーム相手には手応えを感じていたが、関西学院大学と対戦した時は、7-60で大敗。レベルの違いを感じさせられた。その後はとにかく練習に明け暮れた。2年からポジションがタックルからセンターに変わり、全体練習終了後、監督とのマンツーマンでスナップ練習を3時間することもあった。それでも秋のリーグ戦では、上位に勝てず、3年までは3〜4位と中位から抜け出せないでいた。

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そんな学生生活の中、迎えた最終学年。「今ではもうあんなに練習するのは無理、というくらい練習したし、これだけやっているのだから勝たせてくれ、みたいな気持ちはあった」。チームは序盤から勝ち星を重ね、ついに法政大学とのクラッシュボウルに出場する。結果は7-27をひっくり返して38-34で逆転勝利。「嬉し涙が初めて出ました」と高崎。チームは2007年の甲子園ボウルに進んだ。人生初の大舞台、高校2年の時にアメリカンフットボールをやろうと思わなければ立つことのない場所だった。対戦相手は4年前、1年生の時に大敗した関西学院大学。結果は残り6秒で逆転され38-41と涙を飲むが、「悔しかったが、大敗した関学に接戦できて成長を感じたし、大学生活は良かったなと思えた。」。

そんな高崎だったが、後輩の縁でフロンティアーズに2008年10月から入ることが決まった。「フロンティアーズのことはよく知らなかったが、同期がたくさんいたのと、元気があって親しみやすかった」。それに関西人が多く、大学時代とは違った感じがして、そこも良かったそうだ。


自分のためだけでなく

当時フロンティアーズにはセンターがいなかったので、入社してすぐに試合にスタメンで出るようになった高崎。1年目はプレーを覚えるのが大変だったという。ただ、その当時は日本一への思いも薄かったという。「なりたいとは思っていたが、何としてもという程ではなかった」。甲子園ボウルで燃え尽きた感があったのと、切り替えがうまくできなかったことが原因だった。「学生時代に比べ、社会人は毎日練習するわけではないので、モチベーションも上がらなかった」。1年目はFINAL6で鹿島ディアーズに負けて、シーズンが終了。「鹿島に負けた時は悔しいと思ったが、日々の練習を淡々とこなしていたのが1年目だった」。その心境に変化が起きたのは2年目からだという。

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1年目はシーズンの途中で入って、試合に出ていた高崎。周囲とコミュニケーションを取る時間もなく、試合をこなしていたが、「周りの人と仲良くなったり、同じ寮の伊藤キャプテンに可愛がられて、その人たちが真剣にフロンティアーズのことを思って、勝ちたいという気持ちを知ったので、僕もやらないといけないと思った」。さらに会社の人たちが応援してくれたことも大きかった。「こういう環境でアメリカンフットボールをやらせてもらえることに感謝しているし、会社の人たちに勝った姿を見せて喜んでもらえると、逆に僕らも元気を貰える」と高崎。だから、「仲間や先輩、会社の人たちのためにも日本一になりたいと本気で思った」。2年目の2009年シーズン、フロンティアーズは決勝の『JAPAN X BOWL』で敗れた。「ずっと伊藤さんが『決勝まで行っても勝たなきゃ意味がない』と言っていて、それを頭では分かっていたつもりだったが、実際負けると甲子園ボウルに行くだけで満足していた大学時代とは全然違った」。

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そして2010年、再び目指した日本一。しかし、セカンドステージ敗退で日本一の夢は来シーズンに持ち越しとなった。日本一の夢もそうだが、高崎にはもう一つ心残りがあった。会社で熱心に応援してくれる部長が入院。そしてオービックシーガルズ戦の後に退院して、高崎にこう言ったのだそうだ。「負けちゃったんだってな。また、東京ドームに応援に行かせてくれよ」。高崎の勤務するオフィスは東京ドームのすぐ近くにあり、部長はドームの試合で、応援に行くのを楽しみにしていたそうだ。「その言葉が胸に染みて…」。部長と約束した東京ドームで行われる『JAPAN X BOWL』出場を果たすことはできず、フロンティアーズの、そして高崎の2010年は終わった。しかし、悲願の日本一、そして部長との約束。それを果たすため何時までも落ち込んでいる暇はない。高崎の来シーズンはすでに始まっているのだ。


プロフィール

高崎 康宏

高崎 康宏
(たかさき・やすひろ)
ポジション
OL(オフェンスライン)
背番号
56

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高崎選手のサイン色紙を3名にプレゼント!

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[締切] 2010年12月17日(金) 12時まで

※当選者の発表は発送をもって代えさせていただきます。
※個人情報の管理はニフティ株式会社が代行いたします。

高崎選手あれこれ

  • 現在は寮住まい。伊藤キャプテンも同じ寮だそうで、「試合前だと宮前平にある銭湯に行ったりしています」。それではと、恒例の伊藤キャプテンは?の質問に、「僕は可愛がられています。お父さんみたいな存在です(笑)」。本文中にある通りの答えでした…。
  • 趣味を聞くと「ラーメンをよく食べています」。オススメの店を聞くと、「量の多いのが好きです。大学の週1回のオフは池袋西口にある『七福神』っていう池袋大勝軒系の店によく行きました。あと、『ラーメン二郎』は好きですね。この辺だと上野毛店に行っています。あのガッツリした感じが満たされるんですよね(笑)」。
  • いつもインタビューで選手に聞いている質問、背番号について聞いてみると、「こだわりは何もないです。何番でもいいです」と、あっさり一言で終了しました…。
  • 今の仕事は(株)富士通マーケティングで営業という高崎選手。「事務システム系の営業です。学校などへの営業活動をしています」。
  • 職場ではみなさんが応援してくれると高崎選手。パールボウルで優勝した時は社内での祝勝会が4回もあったそう。「本当にありがたいですね。学生時代は自分たちのことだけを考えてプレーしていましたが、今は応援してもらっていることがモチベーションになっています」。
  • 高崎選手は180cm・100 kgとOLとしてはそれほど大きくない。「真っ向勝負で目の前のディフェンスと当たると体重差で負けるので、僕なりの技を身につける練習をしています」。現在、取り組んでいるのは「足元を狩るような感じで相手の下に入る。柳コーチと練習中です」とのこと。来季には必殺技?を身につけた高崎選手が見られるか。
  • 最近あった研修で「日本一のセンター」を目指すと書いた高崎選手。そして「日本一になりたいです。ライスボウルで母校(日大)と当たるのがいいですね」。来年はワールドカップもあります。その2つの目標は来シーズン叶えましょう!

取材・文/NANO Association

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FIELD EYE

FIELD EYEとは?

観客席から観ただけでは決して感じとる事のできない選手ひとりひとりのストーリー。

アメリカンフットボールへの想い、悩みや葛藤、そして素顔の部分など、選手自身の言葉で語っています。

今後もFIELD EYEでは選手に密着取材し、富士通フロンティアーズの選手を紹介していきます。