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アメリカンフットボール 富士通フロンティアーズ


FIELD EYE 鈴木 將一郎(#45 LB)
2年の沈黙を破り、逆襲へ!

世界とのギャップを実感

鈴木はこの11月で30歳になる。高校1年生からアメリカンフットボールを始めて、14年のキャリア。そんな鈴木に今までで一番楽しかったことを聞いてみると、「2007年のワールドカップです。心身ともに充実していました」。日本代表選手の選抜合宿など、常に見られている緊張感の中で練習し、ワールドカップに向けて体を作っていく過程は、大きな刺激になったようだ。「例えば簡単なことですけど、ボールを最後まで追いかけるとか、最初の一歩を集中する、といったことの大切さを知りました。日本のトップレベルの選手達と本当に充実した日々を過ごしました」。

そして富士通フロンティアーズの地元・川崎で行われたワールドカップ決勝はアメリカと対戦。オーバータイムの末、敗れるのだが、「この時のアメリカ代表チームには、大学の二部、三部リーグからの選出でトップレベルの選手は参加していませんでしたが、それでもレベルの違い、フィジカルの違いを痛感しました」。だが、一方で収穫もあった。「スピードは通用した。ディフェンスも最後はしっかり対応できた」。ワールドカップで世界レベルを体感した鈴木は、パワーや力強さといったフィジカルの差を埋めるべく、これまで以上に考えてコンディショニングに取り組んだが、2008年シーズンはそれが裏目に出た。「考えすぎてしまったかな、と思います。あまり自分の持ち味を出せなかった」。鈴木の武器はスピードと思い切りの良さだが、パワーにこだわるあまり、自分の特徴を失ってしまっていたのだった。


鈴木のリスタート

そしてスタートメンバーから外れ、プレー時間が減った鈴木は負の循環に入っていく。「プレー機会が少ない中でいいプレーをしようと考えすぎた」。そうするとさらに思ったようなプレーができなくなり、そのためプレー時間もさらに減り、どんどん悪い流れになっていく。しかも鈴木が活躍できないのと反比例するように、チームの調子は上がっていく。「チームの一員になれてない、と感じるシーズンでした」。そして、新たな気持ちで挑んだ2009年シーズン。しかし、スピードと思い切りの良さにこだわって臨んだものの春季シーズン直前にケガをしてしまい、「パールボウルトーナメント」に出場することはできなかった。「早く試合に出たいです。春から新戦力も増えたので」と焦りを隠さない。鈴木のポジションであるLBには新人も加わり合計13人がレギュラーを争う。

だが、ケガの方も順調に回復。春シーズンは試合に出場していないにもかかわらず、「ノートルダム・ジャパン・ボウル2009」の日本代表に選出された。いかに鈴木のアスリートとしての能力が高いかがわかる。ここ2年間、不完全燃焼だった鈴木だが、「夏にしっかりと体を作り、秋は試合出場時間に関わらず、自分の持ち味であるプレーが出せるようにしたい」と、虎視眈々と出番を待っている。今年の目標を聞くと、鈴木は間髪いれず、「ケガから復帰してノートルダム・ジャパン・ボウルに出て、秋には僕が活躍して日本一」。世界を知り、少し遠回りをした鈴木の逆襲が始まる。


アメリカンフットボールのきっかけは父親

鈴木がアメリカンフットボールを始めたのは、父親の影響によるところが大きい。アメリカンフットボールが好きな父親が、高校で新しいスポーツをやりたいと思っていた鈴木にアメリカンフットボールを勧めた。そこから二人で話が一気に盛り上がり、「ルールも何も知らないのに、アメリカンフットボール部のある高校を探し始めて、足立学園へ行きました(笑)」。だが、アメリカンフットボール部に入るために選んだ高校だったが、鈴木は入部を躊躇する。「身体の大きい先輩が、練習道具を荒川の河川敷まで担いでいくのを見て、圧倒されました(笑)」。入部を勧めた父親すら、初めて息子の試合に行き、大きな先輩に囲まれているのを見て、このまま3年間やっていけるのだろうかと心配したそうだ。

入部するまで、ほとんど見たこともないアメリカンフットボールだったが、鈴木には合っていたようだ。足立学園は都大会で1回戦負けするようなチームだったが、「中学の時は陸上部だったので、個人のスポーツから、チームスポーツになって、さまざまな個性のある選手たちと1つのチームとして行動を共にしたり、試合をやったり、あるいは食べ放題に行ったりなどプライベートも含め、皆で一緒にやるということが楽しかったですね」。入部当時はWR(ワイドレシーバー)や、RB(ランニングバック)といったボールを進めるポジションをやりたかったそうだ。実際、RBの練習もしていたが、「ある時LB(ラインバッカー)の人数が足りないから来てくれって言われてからはずっとLBでした。RBに戻ることなく(笑)」。その後、身体が大きくなった鈴木はOL(オフェンスライン)も兼ねるようになり、東京都の高校選抜にも選出。これで大学に進学し、アメリカンフットボールを続ける決心をする。


大学から社会人へ

専修大学のコーチからの誘いもあり、専修大学に進学した。2年生まではOLだったが、3年からはLBに転向。3・4年の時には大学選抜にも選ばれるようになるまで成長していたが、就職志望は意外だった。「アメフトをやめて、消防士になりたいと思っていました」。しかし、富士通や他の社会人チームから鈴木に声がかかる。「社会人チームから話があったことで、アメフトをこれからもやっていこうかな、と考え始めました。しかし、消防士も自分の中では魅力があって、それで悩んでいました」。結局、鈴木の決断は富士通でアメリカンフットボールを続ける、だった。「一番初めに声をかけていただいた富士通を選びました」と鈴木。その他にも、富士通の良い面があったそうだが、「上位チームを倒してやろうみたいな感じがして」。という点に強く惹かれ、入社を決めた。

現在、富士通での仕事は、営業として大手通信会社を担当している。「最近、忙しいです(笑)」と鈴木。その理由は仕事に対する取り組みが変わったことも原因となっている。「これまでは、アメフトを十分にやらせてもらえる環境でしたが、今の上司は僕のキャリアを一緒になって考えてくれる」と鈴木。その上司はこう言ってくれるそうだ。『アメフトの時はアメフトをしっかりやれ。こっちもしっかりフォローする。そして仕事の時は仕事をしっかりやれ。もうすぐ30歳になるのだから』と。「幸か不幸か、忙しくさせていただいています」と、鈴木は嬉しそうに答えた。


プロフィール

鈴木 將一郎
(すずき・しょういちろう)
ポジション
LB(ラインバッカー)
背番号
45

プロフィール詳細はこちら

鈴木選手あれこれ

  • アメリカンフットボールを始めるきっかけとなったお父さんは、今も鈴木選手の試合を見に来るそう。「大きい声で野次を飛ばすので、来ているかどうか、すぐわかります(笑)」。
  • 身体能力に優れたプレーヤーと言われている鈴木選手。しかし、野球や陸上をやっていた中学まではそれほどでもなかったとのこと。「高校からアメフトをやるようになって、あれ……結構いける」と思うようになったらしい。
  • 背番号の45は専修大学時代、OLからLBにポジションを替えた時につけた。大学の先輩で有名だったLBがつけていた番号。「それまではOLもやっていたので50番台。そのままOLをやっていたら、社会人でやれなかったかも」。ちなみにフロンティアーズ1年目は45番が空いていなかったので、44番をつけていた。
  • 好きな食べ物は鶏肉の料理とお寿司。奥さんの手料理で好きなのは、鶏と豆腐のハンバーグ。奥さんはカロリー計算や栄養のバランスも考えて、料理をしてくれるそうで、「すごく感謝しています」。奥さんは結婚当初は、料理上手ではなかったそうですが、「今はとてもおいしいですよ!」と絶賛していました。

取材・文/NANO Association

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FIELD EYE

FIELD EYEとは?

観客席から観ただけでは決して感じとる事のできない選手ひとりひとりのストーリー。

アメリカンフットボールへの想い、悩みや葛藤、そして素顔の部分など、選手自身の言葉で語っています。

今後もFIELD EYEでは選手に密着取材し、富士通フロンティアーズの選手を紹介していきます。